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リリ
目覚めの案内人
純粋な非二元(悟り)の観点から心のセラピストとして活動しているリリです。
幼い頃から、この世界への諸行無常感を抱え、極度に繊細で敏感(HSP)な自分に生き辛さを感じいました。20代の時に訪れた絶望を機に悟りの探求を始め、一瞥・覚醒を数度体験。
セッションでは表面的な改善でその時だけの状況を変えていくのではなく、より本質的かつ根本的な改善方法に導くことを心がけています。

人の悩み・苦しみが終わらない根源的理由

白い煙を吐く女性

こんにちは。リリです。

今日は「人の悩み・苦しみが終わらない理由」という非常に抽象度の高いお話になります。

人の悩み・苦しみが終わらない理由…それは一見、人それぞれに様々な理由があるように思えます。

ですが、その根源を突き詰めていくと、実は、答えは全てにおいて共通しています。その答えとは「私たちが無知さを抱えているから」という非常にシンプルなものです。

ではなぜ、無知が人々を苦しめるのでしょうか?そもそも無知とは何なのでしょうか?

今日はそんな、私たちの悩み・苦しみの根源とも言える「無知」にフォーカスを当ててお話をしていきます。

今回するお話は、全ての人に共通する、非常に本質的なお話となりますので、ぜひ今現在悩み・苦しみを抱えていない方も読んでみてください。

それでは早速いきましょう。

目次

「無知」とは何か?

暗闇に佇む猫
そもそも「無知」とは一体なんでしょうか?

一般的に無知という言葉は、「知識・教養のない人」というような意味合いとして使われます。Wikipediaでも、「無知」に関して以下のように説明されています。


人間はほとんど無知の状態で生まれ、親による躾や学校における勉学、他者との交流などの体験と学習により次第に知識や教養を得て一人前になると考えられる。したがって、現代社会においては無知はよくないことや未熟なことと考えられ、「無知である」という指摘は非難の意味を含む。

ウィキペディアより引用

ですが私が今回、お話していく「無知」は、そういった意味合いとは少し違う意味合いを持っています。ここでの「無知」とは、純粋に知らないという状態に加え気づきのない状態指しています。

気づきとは、自分のあらゆる感情や思考を俯瞰(ふかん)して、それに平静に気づいている視点です。そんな気づきがない状態がまさに「無知そのもの」です。

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具体的に、以下のような2つの状態のことを指します。

抱えている問題に対しての答えがわからない状態
自分の思考や行動に無意識になっている状態

上記した状態である事(無知である事)こそが私たちの悩み・苦しみの根源となっているのです。

人々が「無知」で苦しむ理由

ソファにもたれかかる女性
では、どうして上記したような「無知な状態=気づきのない状態」が、悩み・苦しみの根源になるのでしょうか?

それぞれに説明していきます。

抱えている問題に対しての答えがわからない状態

抱えている問題に対しての答えがわからない状態は、非常にシンプルですね。

因数分解の公式が分からなければ、その問題が解けないように、純粋な無知さは私たちを答えから遠ざけ、その結果、悩みや苦しみへと引き込むのです。

解決策がわかってしまえばシンプルに解決する問題でも、その解決策が見出されない限り、問題はいつまでも残り続け、私たちを不要に苦しめることになります。

自分の思考や行動に無意識になっている状態

思考や行動に無意識になる場合、人は悩み苦しみやすくなります。

理由は、簡単に言えば私たちの自我(エゴ・マインド)が、そもそもネガティブに寄りやすい性質を持っているからです。

そして、実はほとんどの人が、この「思考や行動に無意識な状態」に頻繁、もしくは慢性的に陥っています。

アメリカのある心理学の研究によると、人は1日に6万回思考をし、その8割はネガティブなものであるそうです。

そんな自分のネガティブな思考に対して気づき、俯瞰するならば、それはすぐさま威力を失い鎮まっていきます。

例えば、「自分は出来損ないだ。」という無意識的思考が起こった時に、それに気づくならば、自分と脳内で起こる思考との一体化をやめることができます。
そして、そんな負の思考を信じないという選択をとることができるのです。その結果、脳内からネガティブな要素は消えていきます。

ですが、気づきのない状態(=無知)である限り、ネガティブ思考は垂れ流され続け、永遠に止まることがありません。その結果、ネガティブ思考と自分の意識が一体化し、悩み苦しみやすくなるのです。

悟り人エックハルト・トールは、そんな現状に対して、以下のように明言しました。

現代人の多くは思考病にかかっている。

まさに、この言葉の通り、多くの人は無知であるがゆえに思考病にかかり、苦しんでいます。

行動に関しても同じです。

行動習慣に無意識的にいる限り、例えそこに重大な問題があったとしても、それに気づく視点がなければ、改善することはありません。

私たちの行動は無意識のうちに自身の習慣に大きな影響を受けています。そうした行動習慣もまた、その行動を起こす瞬間瞬間に気づいて初めて、克服されると言われています。

ですが、現代社会においては殆どの人が、依存的、もしくは依存的傾向からくる行動をしていると言われています。

わかりやすい例でいうと、アルコールやタバコなどが挙げられますが、他にも、スマホ中毒、砂糖中毒、買い物中毒など、日常的な依存傾向もその1つです。

そしてそれらは、本当はやめたいのにやめられないものとして、私たちを悩み苦しめていくのです。

ただ、依存症状や依存傾向は想像以上に根深いものであり、「全体性への乾き」という根源的無知が取り払われない限り、消えることがないとも言われています。ただ、非常にディープな内容ですので、以下の記事で詳しく説明しています。

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実際に私が「無知」で苦しんでいた実例

ちなみに20代前半までの私は、まさに「無知」という言葉がぴったりの状態でした。

当時、私は以下のような疑問を抱えていました。

自分が生まれた意味とは?
自分の魂部分での望みとは?
人間の本質とは?
なぜ人類は争いをやめることができないのか?
真の愛とは何か、どんなものなのか?

ですが、納得のできる答えは1つも見出せず、混沌の中を生きているような感覚でした。

まさに、前述した「抱えている問題に対しての答えがわからない状態」だったのです。

またそれに加えて、「自身の思考や行動に無意識な状態」でもあったので、悲観主義のネガティブ思考でいつも苦しみを抱えていたのです。

その結果、気づけば私は「悩み・苦しみ製造機」になっていました。

当時抱えていた悩み

・繊細すぎて生き辛い
・この世界の残酷さに耐えられない(戦争や差別など)

・何が真実なのかわからない
・生きることへの本質的意味を見出せない。世界は虚しいもの。
・世界が嫌いだし、そんな自分が嫌い
・常に最悪な状況を予測して未来の苦しみに備えないといけない
・人が怖いし信用できない
・母の心のサポートがしたいけどやり方がわからない
・一般社会に適応できない
・悲観主義でネガティブで自分に自信がない
・深い部分で理解し合える人に出会えない

上記の悩みに対しての適切な解決方法がわからず「無知」だったが故に、問題が問題のままになって、人生自体が混沌としていたのです。

私の場合、これに加えて「自分は自分が幸福に生きるための方法を知っている」と思い込んでいたので、これらの問題が根本的に改善されることもありませんでした。

現代人の多くが無知である理由

交差点を歩く人々
では、どうして私たちは無知になってしまったのでしょうか?

その原因は、義務教育時代にまで遡ります。

というのも、私たちはそもそも「気づきが大事。人生の本質的な答えを見出していくことが大事。」ということを教えてくれる教育制度の下、育ってきてはいない。というのが大きな理由の1つです。精神的、よりもさらに奥深い、霊的成長のための支援体制は、この世界にはほとんど準備されていません。

私たちが生きるこの21世紀の社会の諸々の教育制度は、基本的には社会の正当性を維持するために、そうした社会性を尊重する「常識人」を育成することが目的として成立しています。

よって、子供を教育する側である教師や親もまた常識人ではあるけれども、本質的には無知であるまま、子どもに教育を施しているのです。そんな環境で成長して大人になった私たちが無知であるのは、ある意味で当たり前のことです。

悟り人、ラメッシはそんな現代の教育について、以下のように表現しました。


「社会における教育は、学習された無知」

ーラメッシ・バルセカール

まさにこの言葉の通りで、多くの人たちは子供から大人になる過程で「学習された無知」を身に付けるように教育されました。

そして、本当に取り除かれるべき無知は、取り除かれることなく、放置されたのです。

「偏見」は無知を強固に保持する栄養となる

また、人は時に何かに対して、偏見を持つこともありますが、偏見は無知さを保持するための栄養となります。

偏見とは漢字の通り、現実への偏った見方であり、何かを「絶対悪」と決めて非難することを言います。その視点が保持され続ける限り、そこに俯瞰した視点である気づきはもたらされることがありません。

よって偏見は人々の無知を支える基盤となっていることも少なくありません。

ただ、不思議なことに、人は自分が無知であればあるほど、「自分は(なんでも)知っている。」と、そう思い込みやすくなる傾向があります。

脳はそもそも変化を好まない構造になっていますので、新しい知識を入れずに今の自分の知識で自己納得させようとする癖があります。そしてそんな時こそ、偏見はより強固なものとしてその人の一部となっていくのです。

実際、「自分は(なんでも)知っている。」と思い込んでいる状態の中で、自分の中に今まで一切なかった新しいものを受け入れることは、難しいものです。

もし、その人にとってあまりにも自分にとって驚きの事実が示された場合、イエスが磔にされたような、強力な偏見による排除思考が生み出される事さえあります。

ただ、その無知さや偏見にしがみつくが故に苦しみが長引いていることを、多くの人は知りません。前述したように、以前の私もまさにその1人でした。

発見を妨げる最大の障害は、無知ではなく、知っていると錯覚することである。

ーダニエル・J・ブーアスティン

「無知」を取り除く悟りの教え

森の中に佇む女性
では、無知を取り除いて、悩み苦しみから解放されていくにはどうしたらいいのでしょうか?

その答えは非常にシンプルです。前述したような以下の状態全てから、抜け出していけばいいのです。

  1. 抱えている問題に対しての答えがわからない状態
  2. 自分の思考や行動に無意識になっている状態
  3. 自分の本質に気づいていない状態(自分は本当は何者か?)

そして、これらの状態から抜け出させてくれる視点を、私にもたらしてくれたのが「悟りの教え」でした。

悟りの教えは、地球レベルで私たちが抱えている問題に始まり、自分の身近な人間関係まで、全ての問題解決策を、エゴのない内容で教えてくれていたのです。

そもそも、全ての問題や悩みは、私たちのエゴ(自我・マインド)から生み出されています。
悟りの教えは私たちをそんなエゴから無条件の愛に導きますので、必然的に問題や悩みからの解放が起こっていくのです。

悟りとは何か

悟りとは、非常に簡潔にいうならば、全ての概念(悩み苦しみ)から解放され、無条件の愛のみの境地を見いだすことです。

悟りの教えを学ぶと、恐れや不安が基盤となっていない愛そのものの教えなので、自然と心が静かになって、気づきがもたらされます。

よって悟りとは気づきそのものとして在る境地であり、自分の本質そのものになった状態とも言えます。

そんな悟りの教えは私に、「人間の本質は愛そのものである」ということを教えてくれました。

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あらゆる根本的無知を取り除く叡智が、悟りの教えにはありました。

私自身、悟りの教えに出会って、今までの自分がいかに無知だったかを痛感する事となりました。ですが、その気づきのおかげで、無知からの解放がまさに現在も進行中で起こっていっています。

悟りは学問の限界を超えて「無知」を取り除く

悟りは、心理学でも到達できないような深い悩み・苦しみからも解放してくれるパワーを持っています。

ハーバード大学の心理学教授であったラム・ダスは、多くの聡明なカウンセラーや心理学者が、心のプロであるにもかかわらず、心を病んでいることに気づきました。そして、自分自身もまさにそうであることに気づき、心理学の限界を感じます。

その結果、あらゆる探求を経て、悟り(聖者ニーム・カロリ・ババ)に出会います。そして、心理学では到達できない、真の救済はここにあると知ったそうです。

また、私の友人である、オックスフォード大学の物理学科をトップの成績で卒業したJulineは、物理学を追求した末に「悟りが一番、理にかなっている。」という結論に行き着きました。

世界的な心理学者ユングや非暴力を訴えたガンジー、意識研究のアインシュタインと呼ばれるケン・ウィルバーもまた、悟りを見出した聖者、ラマナ・マハルシを敬愛していました。

多くの探求者を真理に導き、無知を取り除く教えが、まさに悟りの教えなのです。

そして、私もまた、生まれて間もない頃から、この世界の本質を求め続けた結果、悟りこそ、もっとも理にかなった真理である、という結論に行き着いたのです。

終わりに

以上、今回は「人の悩み・苦しみが終わらない根源的理由」について詳しくお話しさせていただきました。いかがだったでしょうか?

私は悟りの教えに出会い自分の無知から解放されていく中で、「この世界の全ては間違っていない。」ということに気づく事となりました。

その結果、あらゆる境遇や個性を持った人に対して、より偏見のない視点で相手を見ることもできるようになっていったように思います。

また、以前の私が無知であったが故によって抱えていた悩みは以下のように非常にありがたい気づきに変わっていきました。

(※以下、オレンジマーカー線が変化後です)

気づきによる悩みの変化

・繊細すぎて生き辛い
→繊細すぎるからこそ輝ける仕事をやることに。
・この世界の残酷さに耐えられない(戦争や差別など)
自分の思考が自分を怖がらせていることに気づき自分に愛を向けるように
・何が真実なのかわからない
愛こそ全てだと悟る。綺麗事抜きに全きの愛があることに気づく。
・生きることへの本質的意味を見出せない。世界は虚しいもの。
生きることの意味は愛を見出すこと。世界は素晴らしい。
・世界が嫌いだし、そんな自分が嫌い
世界と仲直りできた感覚に。自分にも感謝の念が湧いてきた。
・常に最悪な状況を予測して未来の苦しみに備えないといけない
未来ではなく、イマココにくつろぐことの重要性に気づく。
・人が怖いし信用できない
慈悲の視点で見れば怖くない事に気づく。
・母の心のサポートがしたいけどやり方がわからない
母が「ずっと探していたカウンセラーは娘だった」といってくれるように
・一般社会に適応できない
一般社会に適応できない自分だからこそ輝ける場を見つける。
・悲観主義でネガティブで自分に自信がない
深い部分で安心感があり、あるがままの自分に自信が湧いていった。
・深い部分で理解し合える人に出会えない
深い部分で理解できる魂の家族に沢山出会うように。

これは実際に、一切の脚色無しに私の身に起こった変化です。それも全ては、自身の無知が取り除かれていったからこその変容でした。

無知が取り除かれていくと、現実世界が変わっていきます。目に見えて、あらゆる変化が起こっていきます。

目覚めの時代とも呼ばれている今、今回の記事が1人でも多くの人の気づきのきっかけになれば幸いです。

というわけで今日はこの辺で。

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ーラマナ・マハルシ

リリ

白い煙を吐く女性

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