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繊細すぎる人は天才が多い?繊細さは貴方の天賦の才能

メガネ

こんにちは、リリです。

一般的に、平均よりも感覚が過敏であったり、感受性が豊かな人のことを「繊細な人」と表現しますが、最近はそんな人がこの世界にはたくさん存在する。ということが認知され始めています。

その中でも特に繊細の度合いが強い人は、特に生きづらさを抱えることも多く。その結果、「繊細=よくないこと、欠点」だと捉えてしまう人も少なくありません。

ただ、繊細性は生まれ持ったものであり、時に、素晴らしいギフトに変わることもあります。
その繊細性が活かされれば、あらゆる分野において天才性を発揮する事さえ、あるのです。

実際、天才肌な人の多くは繊細な部分を持っています。

よって今回は「繊細性」と「天才」の密接な関係について、お話していこうと思います。

それでは早速行きましょう。

そもそも天才の定義とは?

アインシュタイン
一般的に天才とは、人の一般的な努力では到底至らないレベルの才能を秘めた人物を指します。そしてそれは一般的に、生まれ持ったものと考えられがちです。

ただ、天才だと言われる人の多くは、生まれ持った資質はもちろんのこと、その上で必ず、何か1つのことを熟達するまでに非常に多大な時間を費やしています。

そして、それを苦とも思っていないので、周囲から見たらまるで簡単にその境地に達したように見えて、「天才だ」と評されることも多いのです。

実際、心理学者アンダース・エリクソンによると、天性の才能だと思われていた資質の多くは、実のところ、最低10年かけて十分練習すれば身につけられるそうです。

「ワシントン・ポスト」紙のビジネスサイエンス担当記者を経て「天才!」という本を出版したマルコム・グラッドウェルによると、何かに習熟して一流になるのには、一般的に1万時間の練習(積み上げ)が必要だそうです。それは「1万時間の法則」として人々に多く知られています。


天才的なピアニストでも、アーティストでも、プログラマーでも、活躍する人は一万時間を鍛錬に費やしている。生まれついた才能を持っている人はもちろんいるけれど、そこから1万時間の努力がなければ、天才にはなれない。熟練によって、天才は生まれるのです。

天才! マルコム・グラッドウェル

「1万時間の法則」は、毎日4時間の修練と換算すると約10年かかるため、エリクソンの説と共通する部分もあります。

結局、天才とは同じことを長時間続けることのできるその努力の才能と言い換えることもできるのです。そして当人は、それ自体を努力と感じていないことも多いので、10年でも20年でも続けて天才性を深めていく事となるのです。

繊細すぎる人は天才に成り得る?その理由

繊細性は生まれ持ったものであり、それは、しばしば厄介な性質だと捉えられる傾向にあります。ですが、繊細性は時に、素晴らしいギフトに変わることもあるのです。

その繊細性が活かされれば、あらゆる分野において天才性を発揮することも充分に可能なのです。

実際、天才肌な人の多くは、繊細な部分を持っていることが、あらゆる文献でわかっています。

では、なぜ繊細すぎる人は天才肌の人が多いのでしょうか?

その理由は、通常欠点だと思われるようなところに隠れています。
大きく以下の2つです。

  1. ストレスへの過敏さ(ストレス耐性のなさ)
  2. 感受性の強さゆえの洞察力・感動力

それぞれ詳しくお話していきますね。

繊細すぎる人が天才になりやすい理由1:
ストレスへの過敏さ(ストレス耐性のなさ)

繊細な人は、周囲の刺激に過敏になることはもちろん、自分の感覚にも過敏なので、ストレスに耐えることが苦手な人が多いです。そのため、自分の好きなこと・向いていることしか継続することができない人も多く。

そんな自分が社会とつながる方法を探した場合、必然的に自分にできること(ストレスを感じないもの=純粋に好きなこと)で人の役に立てるものを必死に模索しようとします。

その結果、紆余曲折があったとしても、最終的に自分の本当の望みに行き着くことが多く、それに対してのストレスはないので、長期的な行動力を発揮することとなるのです。

つまり、自分の繊細さ(=ストレスへの耐性のなさ)が、1万時間の法則が苦ではない対象物を探すきっかけとなるのです。

繊細すぎる人が天才になりやすい理由2:
感受性の強さゆえの洞察力・感動力

繊細な人はその繊細性がゆえに、感受性も豊かであり、その結果、洞察力が平均よりも長けていたり、感動力が強いことも多いです。

周りや自分の感覚に敏感な分、疲れることも多いですが、美しいものや感動するものを見たときの衝撃や受け取る力も人一倍強いのです。心の喜びを見つけたときのその喜びの深さがより深い、ということもできるでしょう。

それが故に、その人ならではの深い視点であらゆるものを創造する力に長けていて、情熱の対象を見つける際も、より本質的な情熱(自分の感動の源泉など)に沿ったものを見つける才能があります。

上記は理由1とも重なりますが、本質的な喜びや情熱に沿った行動であれば、1万時間の法則を無理なく続けることができます。

結局、感受性の豊かさが努力を努力と思わない熟達の時間を生み出し、その人ならではの深い視点と相まって、天才を生み出すのです。

繊細だからこそ、苦労も多いですが、それを遥かに凌駕するような感動や興奮といった心の情熱とも呼べる喜びを感じやすくもあるのが繊細すぎる人の特徴です。

もし、そうした喜びの対象を見つけたならば、その人はキラキラと輝きながら天才の道を歩むことが可能となるでしょう。

 

以上の2点が繊細すぎる人が天才になりやすい理由です。

繊細すぎる性質は、一般社会を生きる上では非常に厄介なものだと思えるかもしれません。(私も以前はそんな自分を心底嫌っていました。)
ですが、少し視点を変えてみると、唯一無二の素晴らしい資質にも成り得るのです。

繊細すぎる天才の代表例 ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ

ゴッホの絵画
繊細すぎる天才として私がすぐに思い浮かぶのが、ヴィンセント・V・ゴッホです。

世界的に有名な画家、ゴッホもまたその生涯の物語などを読むと、非常に繊細で優しい魂の持ち主でした。(繊細な分、心の傷による怒りも多かったようですが)

ゴッホはまさに10万時間の法則を実践していた人物であり、一説によると雨の日もかまわず外に出て、規則正しい生活リズムで毎日およそ9時〜17時の間、ずっと絵を描いていたそうです。


偉業は一時的な衝動でなされるものではなく、小さなことの積み重ねによって成し遂げられるのだ。

ーゴッホ

そして、そんな彼には繊細がゆえの非常に鋭い洞察力と深い感動力がありました。

彼は目の前にあるひまわりを、ただのひまわりと見ませんでした。これはひまわりだ。と概念化してしまうのではなく、その本質を見て、見て、見抜いたのです。だからこそ、彼は自然に対して、その美しさにいつも深い感動を感じていました。

”意識研究ののアインシュタイン”と呼ばれているケン・ウィルバーは、そんなゴッホの実際の絵を見た際の衝撃を、以下のように話しています。

ヴァン・ゴッホ展を見るためにオルセー美術館に向かった。ショーペンハウエルはこういう芸術論を持っていた。簡単にいうと、「悪い芸術は模倣し、良い芸術は創造し、偉大な芸術は超越する。」この「超越」という言葉を、彼は「主体と客体の二元論の超越」するという意味で使っていた。

およそ偉大な芸術は等しく、感受性の鋭い鑑賞者の事故を引きずり出して、その芸術作品の中に引き込む力を備えている、と彼はいう。

作品のあまりの完璧さゆえに、見ている者は分離した自己という感覚が完全に消え去り、少なくともほんの一瞬は非二元的な永遠の意識に目覚めるのだそうだ。言い換えると、偉大な芸術は、その内容が何であれ、神秘なのだ。

僕はゴッホをこの目で見るまでは、芸術にそんな力が秘められているとは信じられなかった。けれどゴッホはとにかく衝撃だった。見た途端、ハッとして自分の存在を忘れてしまうのだ。

ケン・ウィルバー グレース&グリット 下巻より

ゴッホは悲痛な運命と向き合い、その結果自死を選んでいますが、彼のずば抜けた天性の資質と繊細性は、まだこの時代では受け入れる意識段階の人々が極端に少なかったとそう感じます。

例えば20代の頃、彼は宣教師を目指し、聖書の「汝の持ち物を売りて貧しき者に施せ」を実践しようと考えました。伝道師の衣服は坑夫にやり、手製のシャツを着て、顔は炭で汚れ、落盤事故で負傷者が出ると下着を引き裂き包帯にしました。

このエピソードからもゴッホの優しさが十分に伝わりますが、当時のキリスト教では、その行為は聖職者の権威を傷つけると判断され、宣教師としての仕事を続けることはできませんでした。ゴッホにとって、そんな時代は非常に生きづらかったと思います。

私は、そんな生きづらさを抱えながらも腐らずに自分の才能を発揮し続けたゴッホが大好きです。いつか彼の実際の絵をこの目で見れたら、と思います。

繊細さという美しいギフト

帽子をかぶった美しい女性
今の時代は「繊細さん」というようなワードが流行るほど、繊細な人にフォーカスが当たることが増えました。よって、今までだったらかき消されてきたであろう繊細な人の声にも、どんどんフォーカスが当たるようになってきています。

ただ、そうだとしても生きづらさが完全に消えるわけではなく。感受性の豊かさや感覚の敏感さは、時に欠点であるように感じられる場面もあるでしょう。

ただ、そんな欠点も上回るほどの素晴らしさを秘めているのが繊細性です。

この世界には、繊細だからこそ、見抜けること、知れることがたくさん存在します。繊細さは、その人が本来、生まれ持った素晴らしいギフトなのです。

もし、あなたが現在自分に対して繊細すぎると感じているならば、それは天才として生きる道へのサインかもしれません。

終わりに

というわけで、今回は繊細すぎる人と天才性の密接な関係について、お話させていただきました。

いかがだったでしょうか?

ゴッホは絵を描く仕事を始める以前、「(こんな繊細な)自分は社会にどのように役に立てるだろうか?」と必死に考え、悩んでいたそうです。そしてこれは、繊細すぎる人の多くがぶつかる疑問のように感じます。

以前の私もまさにそうでしたし、ストレス耐性がなく感受性が強すぎて生きづらい自分は、まるで”人生の落第者”だとそんな風に感じられることもありました。

ですが、繊細すぎるからこそ、輝ける場所、発揮できる天才性が必ず存在します。むしろ、そんな人でないと輝けない場所があるのです。大切なのは、あるがままの自分を受け入れて、自分が無理なく輝ける場所を探し見つけることです。

そうした視点で世界を見てみると、繊細すぎる心は天からのギフトに他なりません。

というわけで、今回はこの辺で。

愛を込めて。

リリ

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