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リリ
目覚めの案内人
純粋な非二元(悟り)の観点から心のセラピストとして活動しているリリです。
幼い頃から、この世界への諸行無常感を抱え、極度に繊細で敏感(HSP)な自分に生き辛さを感じいました。20代の時に訪れた絶望を機に悟りの探求を始め、一瞥・覚醒を数度体験。
セッションでは表面的な改善でその時だけの状況を変えていくのではなく、より本質的かつ根本的な改善方法に導くことを心がけています。

【愛の奇蹟】ニーム・カロリ・ババとは?

ニームカロリババ

こんにちは。リリです。

今日はインドの悟り人であり不二一元論を説いたニーム・カロリ・ババについて。

ニーム・カロリ・ババは、アメリカで非常に有名なスピリチュアルティーチャー、ラムダスのグル(師)です。

ラムダスとは、ハーバード大学の心理学教授を務めていた人物です。

ただ、彼は世界一の大学の心理学教授でありながら、心理学の限界を感じます。

そして、優秀な心理カウンセラー達もまた、絶対的な幸福を見出している人が非常に少ないことを痛感し、その先の真理を見出すために、インドに旅立ちました。

そしてあらゆる導きにより、出会うこととなったのがニーム・カロリ・ババでした。

ラムダスはニーム・カロリ・ババの素晴らしい愛のあり方に心を打たれ、アメリカで「ビーヒアナウ」という本を出版し、世界的ベストセラーとなります。

アメリカの霊的進歩の大きな一歩に貢献したのがこの本であり、その根源にはニーム・カロリ・ババがいるのです。

ただ、実はニーム・カロリ・ババは、日本ではまだまだ非常にマイナーな存在です。

インドの他の聖者、ラマナ・マハルシなどは比較的に認知度が高いですが、ニームカロリババを知っている人はそう多くありません。

知る人ぞ知る聖者なのです。

よって、今回はそんな謎多き聖者、ニーム・カロリ・ババについて、詳しくお話していこうと思います。

目次

インドのマハラジ ニーム・カロリ・ババとは?

ニームカロリババ
(愛という奇蹟より)

マハラジとはインドの偉大な存在のことを指す言葉であり、ラムダスはいつも、ニーム・カロリ・ババのことをマハラジとよんでいました。

上記写真にもある通り、彼はいつも毛布1枚だけを羽織っているだけの姿でいました。

はたから見たら、ただのおじさんですが、彼には人々の思考と感情の全てを見抜く力がありました。

また、インドの悟りの聖者はヒンドューの神々に親しみと敬意を持っていることが多いのですが、ニーム・カロリ・ババの場合、猿の神様であるハヌマーンに非常に深い信仰を持っており、よくハヌマーンの話をしていたそうです。

ハヌマーン
(※ハヌマーンの石彫)

そんなニーム・カロリ・ババの年齢を知る人はいません。

数十年前にニーム・カロリ・ババに会った事がある人は、彼の見た目が数十年前と全く変わっていないことに腰を抜かしたそうで、その際に彼は「私は一度肉体を離れ、また肉体に戻ってきたのだよ。」と言ったそうです。

まるでイエス・キリストの復活ですが、それがただの冗談とは思えないような奇跡を、ニーム・カロリ・ババは沢山残しています。

アメリカ人ラム・ダスは、そんなニーム・カロリ・ババとの出会いを、以下のように語っています。


ニームカロリババとの出会いは、私の生き方をかえ、師を通してスピリチュアルな視点から人生を理解するようになりました。
私は彼の中に、慈悲や愛、知恵、ユーモア、力などといった新たな深淵を発見したのです。
そして、人間と神性との繋がりを彼の中に見出したのです。

愛の奇蹟 ラム・ダス著

また、ニーム・カロリ・ババに対して多くの人が抱いていた感情に関しては、以下のように語っています。

彼のそばにいると、神の心のなかで「故郷にいる」ような感じがしました。

ですから、人々がマハラジの存在の虜になってしまことも不思議ではありませんでした。

愛の奇蹟 ラム・ダス著


実際には、マハラジとそれほど多くの言葉を交わしたわけではありません。

けれども心の中にとても大きな愛を感じていたので、いつもマハラジの近くにいました。

そばを離れるときも、あまり遠くには行かず、いつも戻ってきました。

私と同じような人々が大勢いました。

愛の奇蹟 ラム・ダス著

ニーム・カロリ・ババは、有名になることを好まず、ですが、彼に自然と導かれてきた人は、時に歓迎しました。

そして、1973年の9月11日に他界しました。

ただ、ラムダスは、彼がこの世界に存在しないにも関わらず、自分の人生に彼が及ぼす影響が小さくならない事に気がついたそうです。

それどころか、年を経るごとに、彼の存在や導き、愛といったものを感じるようになったそうです。

そして、この感覚は実は、私の中にも非常に強くあります。

私の場合、会ったことのない、そもそも私が生まれる前に亡くなっている聖者ですが、シンクロ(記事の後半で詳細記述)が起き、彼に見守られている感覚が強く感じられます。

本物の悟りの聖者には、言葉を超えた愛が溢れています。

そして現代の科学では到底証明できないような奇跡が、いとも簡単に起こっていくのです。

ニーム・カロリ・ババが起こした数々の奇跡の実例

ニーム・カロリ・ババが起こした奇跡は数え切れないほどにあります。

沢山の人が彼の起こした奇跡を目の当たりにしており、ですが、いつでも彼は、それを威張ったり見せびらかしたり言いふらかすことはありませんでした。

今回はそんな大勢の人から証言された、ニーム・カロリ・ババの奇跡を一部、ご紹介させていただきます。

私たちは一つも窓がない部屋で座っていた時、マハラジは「誰々がやってくるぞ!」と言いました。
わずか数秒後に、本当にその人物が部屋に入ってきました。

愛の奇蹟 ラム・ダス著

食前に私たちはマハラジの写真に食事を捧げます。
ある時、妻はカレーに塩を入れるのを忘れてしまいました。
「忘れたけどマハラジは許してくれるでしょう。」
半月後マハラジがやってくると、妻は足元に座りました。すると真っ先にこう言われたのです。

「お前は塩の入っていないカレーをわしにくれたね。」

愛の奇蹟 ラム・ダス著

ある警官が逮捕した人に暴力を加え、町を引きずりながら連行しました。
「そんなことをしてはいけない」とマハラジが言うと、警官は口汚く罵りました。

マハラジは言いました。
「もっと優しくしなさい。自分が同じ立場だったらどうなる?お前は全くわかっていない。」
翌日、その警官は収賄で逮捕され、鎖に繋がれて町を歩かされたのです。

愛の奇蹟 ラム・ダス著


カーンプルに戦争で中国に派遣された青年の家族がいました。

青年が戦死したと言う知らせが届き、彼の兄弟がマハラジに報告しました。
マハラジは「いや、まだ死んでいない」と言いましたが、誰もその言葉を信じませんでした。
未亡人は6ヶ月後に再婚し、陸軍省の記録も閉じられました。それからしばらく経って、その青年は帰ってきました。

愛の奇蹟 ラム・ダス著


私たちが滞在していたホテルに物乞いの少年がやってきました。

少し食べ物をやりましたが、少年は帰りません。
とうとうオモチャまでねだるようになったので、追い出しました。
すると後でマハラジはこういったのです。
「お前たちのホテルにいったのにわしを追い出したな。」

愛の奇蹟 ラム・ダス著


農場に井戸を掘ろうとした人がいましたが、中々うまくできませんでした。

とうとうマハラジに助けてもらおうとして、息子を使いに出しました。
マハラジはその農場に行くと、小便をしました。
そして「もう一度、やってみるよう父親に伝えなさい。」と言い、帰って行きました。
すると、本当に水脈が見つかったのです。その井戸からは今でも豊かな水が湧き出ています。

愛の奇蹟 ラム・ダス著

これらの証言からわかるように、ニーム・カロリ・ババは、いつでも世界のあらゆる事をお見通しでした。

彼は全てを見通した上で、いとも簡単に奇跡を起こし、本当に多くの人を救っていたのです。

彼の微笑みは優しく愛に溢れていて、ただ見つめているだけで、私もとても癒される思いがします。

私の部屋
(※リリの自室の一角)

私が体験した奇跡の共時性(シンクロニシティ)

ここで、私がつい最近体験したニーム・カロリ・ババ関連のシンクロニシティについて、お話させてください。

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絶版になったニーム・カロリ・ババの本を定価の2倍の値段で手にして、興奮しながら読んだ1ヶ月くらいしたあとに、SNSで同じインドの聖者をお好きなある女性の方と出会いました。

そんな彼女が最近投稿していて、特に印象深かったのが、あるシンクロに関しての投稿でした。

彼女はその日、なぜかわからないけれど、ニーム・カロリ・ババの事が頭から離れなかったそうです。

すると次の日、なんと急にご家族から”猿賀神社”のお守りが届いたそう。

猿賀神社は、猿の神様を祀る神社である為、ハヌマン(=ニーム・カロリ・ババ)を想起し、とても感動したとのことでした。

私もその投稿にとても感動し、素敵な気持ちに浸っていたのですが…。

なんとその数日後、私にもシンクロニシティが起こりました。

私が知人の家で寛いでいた時のことです。

私は知人の家のテーブルの上に、同じ缶コーヒーの飲みかけがいくつも置いてある事に気がつきました。

ただ、私はカフェイン過敏でコーヒーが飲めないので、普段は気にかけもしないのですが、その時はなぜかその缶コーヒーが気になりました。

そしてふと、その缶コーヒーに目をやったところ、その缶コーヒーに表記されていた「猿田彦(珈琲監修)」と言う文字が目に飛び込んで来ました。

「わ!また、猿だ!」

内心、そう思った私は思わず写真を撮り、後日、猿田彦に関して調べたところ…、なんと猿田彦は日本ではハヌマーンと同じ役目の神様だったのです。


日本では、猿の神様といえば、猿田彦が思い浮かぶ。
日本書紀などにも「国初のみぎり天孫をこの国土 に御啓行(みちひらき)になられた」と伝えられていて、ハヌマン同様、先導の役目を果たし、
地方によっては、道祖神 として祀られているところもあるという。
猿田彦は、天孫降臨 の際に道案内をしたということから、道の神とも言われている。

自然治癒力セラピー協会より引用


つまり、猿田彦は日本版ハヌマーンでした。

その事実に気づいた瞬間、鳥肌が立ち、ニーム・カロリ・ババの朗らかで少しいたずらっ気のある笑顔が思い浮かびました。

そして、彼から「肉体を離れても、あなたのことも見守っているよ。」とそんな風に言われた気がしました。

私はこの一連の出来事を経て、ニーム・カロリ・ババの凄さを、改めて痛感したのです。

後日談 奇跡は続いていた…

この記事を書いたその日、シンクロニシティがまた連続していきました。

というのも、クライアントさんが最近、猿田彦神社に行ってきたと教えてくれたのです。
写真付きで送ってくれました。

そして、猿田彦はイエスキリスト、もしくはその子孫である可能性が高いということも教えてくれました。

それをSNSで繋がった女性に送ったところ、その方が「猿田彦という神がいることを知らなかった!そして調べたら猿田彦神社は自宅の非常に近所だった!」と驚きの事実を教えてくれたのです、

その後、すぐにその日のうちに猿田彦神社に行ったとのことで、私に写真を送ってくれました。

非常に可愛らしい猿田彦の石像2体の写真でした。

「シンクロが止まらないな〜。」と感動していたところ、今度は私のパートナーが、「今日、熊本で猿田彦の石像をたまたま見つけた!鳥肌がたった!」と教えてくれました。

その次の日のことです。

私がインドの聖者、ニサルガダッタ・マハラジの記事を書こうとしていたところ、なんとこんな記載があったのです。

幾人かの年配の親族や同年代の友人たちは、マハラジが1897年の3月の満月の夜に生まれたと語っている。

奇しくもその日は「ラーマーヤナ」の物語の中で有名なハヌマーンの誕生祭と重なり、ヒンドゥー教徒がハヌマーン神に敬意を表する日であった。

この吉祥日を縁に両親は彼をハヌマーンの別名であるマルティと名付けたのだった。

まさかニサルガダッタもハヌマンと関係していたとは…。

ハヌマンのシンクロが止まりません。

あまりにもすごくて笑ってしまうほどです。

ニームカロリババの微笑みが見えてくるようです。

終わりに

以上、今回はニーム・カロリ・ババについて、お話させていただきました。

ニーム・カロリ・ババは謎多き聖者ですが、愛に溢れていたことに間違いはありません。
本当に多くの人をあらゆる奇跡を起こして救い、助けていました。

彼の周りには、いつも奇跡が溢れていました。

余談ですが、私のスケジュール帳には、そんなニーム・カロリ・ババの写真が挟んであります^^

ハヌマーンの写真もお部屋に飾ろうかな^^笑

それでは今日はこの辺で。

愛を込めて。

リリ

ニームカロリババ

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