こんにちは。リリ(https://arugamamalili.com/)です。
私は普段、悟り・非二元(ノンデュアリティ)・覚醒に基づく情報発信や心のセラピー、ヒーリングを行なっていますが、今回、そんな悟り・非二元に関する講座を初開催することとなりました。

上記の名前の通り、目覚め(=悟り・非二元ノンデュアリティ・覚醒 )の叡智と体験を融合させた会となります。

実はこの「目覚めの勉強体験会」は数年前から開催を計画していました。
というのも、多くのクライアントさんや読者の方々が抱えているお悩みとして以下のようなものがあったからです。


「悟りの一瞥・覚醒の体験を追い求めるけど体験できない。」
「目覚めていきたいけれど、頭でしか理解できない。頭でも理解できないことも多い。」
「探求が頭でっかちで混乱してしまう」

私も以前抱えていた思いなので、非常によくわかります。

多くの方が意識の覚醒、目覚めに対して興味はあっても、正しい方向での理解や体験ができなくて「真の理解」というアハ体験の前に立ちはだかる壁にぶつかってしまっています。

だからこそ、そんな方々に対して「目覚めを”直接的体験”を提供サポートすることができないだろうか?」と考えて来ました。

それから数年経った今、ありがたいことにいくつもの(高次からの)導きやサポートを受けることが出来、この度「目覚めの勉強体験会」を開催することができるまでに至りました。

目覚めの時代と呼ばれる今、何が必要か?

目覚めの時代と呼ばれるいま、多くの人が本質的な真実を求めるようになってきたと感じています。

それはいわば、魔法のように夢が叶うであったり、大金が手に入るなど、そうした方向ではなく「真の幸福とは結局何なのか?」というような本質的な問いに対する答えです。

その結果、多くの人が今「自分自身(エゴ・マインド)から解放されることこそ、真の自由であり幸福である」ということに気がつきつつあります。

それを言葉として表現するならば「目覚め・覚醒・悟り」と表現される方向性でした。

それこそがイエスや仏陀、ムハンマド、ブラフマンが伝えてきたことであり、真の愛そのものでした。

しかし、それを知識で知ることはできても、実際に体験することは非常に難しい…。
これこそが多くの探求者の人々が陥るジレンマでした。

そんな中、目覚めの時代と呼ばれる今、人々が本当に必要としているものは何か?

そんな問いに対して、私が出した答えは「目覚めの直接体験をサポートする”何か”」でした。

そして生まれたのが、この「目覚めの勉強体験会」です。

知識は体験されてこそ真の理解へ

心理学でも哲学でもスピリチュアルな学びであれなんでもそうですが、知識を吸収するのは簡単です。

そのため、いつのまにかあらゆる知識は、自身のマインド・エゴの栄養とされて「知識武装」なんて言葉さえも生まれるようになってしまいました。

知識だけ持っていて、それで自分のエゴを強化してしまっては何の意味があるのでしょうか。

知識は体現されてこそ、初めて意味を持ちます。

知識はその人のあり方に定着してこそ、初めて意味を持ちます。

知識は本来、私たちを縛り付けたりジャッジするためにあるものではなく、真の自由へ導くためにあります。

そのために大切なのは、まず何よりも知識を知識として終わらせるのではなく、その知識を実際に体験して自分のものにしていくことです。

まずは"それ"を知って、"それ"を体験して、その結果、"それ"が自分のものになる…これが真の理解のための不変のプロセスです。

体験はこれまで恩寵の領域とされてきた

しかし、その中でも最も難しいとされてきたのが、目覚めを体験することでした。

というのも、目覚めの体験というのは自分の思考・マインドではない領域で直観的に気づく体験であり、それを意図的に起こすことはできないとされてきたからです。

つまり、そうした体験ができるというのは神の恩寵でしかない。と言われてきた領域でした。

だからこそ、そうした神秘体験を求めて、厳しい修行に励んだり、断食をしたりする修行僧も多かったわけです。

ただ、厳しい修行を経たとしても、体験できないなんてことも多く、目覚めの体験は「選ばれた人」しか体験することができないと感じていた人も多く、今もなお、そうした認識は根深く残っています。

しかし、時代は変わり、今は目覚めの時代と呼ばれる時代となり、目覚めに関する常識も大きく変わりつつあります。

誰しもが「目覚め・覚醒・悟り」を体験できる時代が来たのです。

目覚めの時代だからこそ
開催可能となった会

目覚めの時代と呼ばれる今、目覚めに関する本は世界で数百万部売れ、目覚めを発信する人のYouTubeは数十万人の登録者数を持つようになっています。

昔であれば、真理を説いただけで磔にあったり、毒を盛られたりしていたわけですが、今は時代が大きく変わりつつあり、人類の意識レベルも大きく転換しようとしています。

そんな時代背景も相まってか、私の「目覚めの直接体験をサポートする”何か”を生み出したい」という願いは叶えられました。

それらはあらゆる先人たちの智慧、そして直観によるひらめきによって支えられ、完成へと導かれました。

ですから、これは決して私が創り出した会ではなく、真我(神)が私を通して生み出してくれた会だと思っています。

あなたに目覚め(非二元)のアハ体験を

目覚めの勉強体験会はそうした背景で完成しましたので、頭で理解できる内容というよりも、全細胞で気づく内容となっています。

確かな智識を支えに、実際の目覚めの体験も同時にしていただくことでその理解を確実なものへと定着させていくための会です。

言ってしまえば、「実際に目覚めていくための会」と言えます。

回は全部で12回、LV1〜LV3までございます。(所要時間:1講座毎に2〜3時間)
目覚めていくにあたって、どれも非常に重要な内容となっています。

【1】直観を鍛えて目覚める
・直観とは
・直観の再生
・直観のソース
・直観と直感の違い
・直観を駆使した人々
・正しい直観力を身につけよう

-体験ワーク
1:自分の感度をチェック
2:直観テストによる直観体験
3:直観体質になる瞑想

【2】波動の世界を知ろう 前編
・波動とは
・地球での波動活用実例
・波動と科学
・波動の真実
・地球上における波動実例
・チャネリングとは

-体験ワーク
1:波動を感じ、あげる体験
2:愛の波動を体内に直接取り入れる体験

【3】波動の世界を知ろう 後編
・現在の地球で起きている波動の変容
・変容が人類に及ぼす影響
・意識レベルが上がる時の7つのプロセス
・魂の波動
・波動と引き寄せの法則
(スピ界で流行している引き寄せの盲点)
・波動視点での真の成功の定義

-体験ワーク
1:高い波動と低い波動を行ったり来たりしてみる体験

(※LV2はLV1を全受講で受講することができます。)
【4】私は誰か?

・「私」という概念
・「個人としての自分」は概念に過ぎない
・真のアイデンティティとは
・マインドの強力なフィルター
・マインドとは結局何か?
・スペースとしての「私」

-体験ワーク
自分を視覚的に観てみる実験
2:目を閉じて実験しよう

【5】運命という幻想
・運命って本当にある?
・人生の本当の意味とは
・個人的行為者はいない
・エゴの罠にかかりやすくなる?
・全てを受容した上でいきる

-体験ワーク
ダグラス・ハーディングの非二元実験より)
1:触ることで非二元を観る
2:全ての物事になる体験

【6】罪を手放しあるがままに目覚める
・人生に何があってもあなたは無辜
・エゴと愛の方程式
・エゴが求める完璧さ
・老子「最も偉大な完璧さ」
・2つのあるがまま
・あなたも他者もあるがままで赦されている
・不要な罪悪感は手放そう

-体験ワーク
1:色セロハンを使った実験

【7】カルマと輪廻転成を超越する
・カルマとは
・カルマへの大きな誤解
・カルマの真実
・輪廻転成というカルマ
・輪廻転成と科学
・自殺とカルマの真実
・心とカルマの密接な関係性

-体験ワーク
ダグラス・ハーディングの非二元実験より)
1:向かい合って行う非二元実験

2:頭のない実験

【8】目覚めの実践の重要なエッセンス
・カルマの負債は赦しで消失する
・赦しとは
・なぜカルマは赦しで消失する?
・他者への赦し=自分への赦し
・トラウマへの赦し
・根源(自我そのものを赦す)

-体験ワーク
バイロンケイティより)
1:「ワーク」による赦しの体感

【9】慈愛・慈悲による目覚め
・慈愛・慈悲とは?
・慈愛・慈悲を体感するということ
・慈しみの対象とは
・最も慈悲を向けるべき相手
・嫌いな人への慈しみ
・困らせてくる人ほど、困っている

-体験ワーク
1:非二元へと導く究極の慈悲の瞑想
(ご本人の無理のない範囲で行います。)

【10】目覚めの最終障壁(スピリチュアルエゴ)
・優越感という強烈なエゴ
・使命感の中に潜む罠
・スピリチュアルエゴに抗うことは不可能?
・自分びいきをやめる
・他者びいきをやめる
・目覚めた人の”普通さ”

-体験ワーク
1:紙袋の実験
2:物との距離をなくす実験
3:謙虚さへの祈り

(※LV3はLV2を4クラス以上受講で受講することができます。)
【11】覚醒と解脱
・「悟り」とは
・覚醒体験と解脱の違い
・科学的な側面での悟り
・解脱の段階
・最終的な解脱とは

-体験ワーク
1:覚醒を体験しよう

【12】ただ、在る。
・私たちの本当の資本
・自分に向けた最も慈悲深い行為
・無知の終焉
・全て手放す
・ただ、在る=それが全て
・終わりに

-体験ワーク
1:手放すエネルギーワーク
2:IAM瞑想

3:退却瞑想
終わりに:覚者ムージに教わったこと

こちらはあくまでもイメージ図となります。

zoomによるオンライン講座(マンツーマン)
  全12講座所要時間:約30〜40時間
1講座につき約2時間〜3時間
日本語PDF資料:全講座で550Pほど
1講座につき約40〜60P
配布物:体験キット
(各講座異なる内容です。毎回郵送します。)

これは私自身、作成しながら気づいたことなのですが、全12回の講座全てが以下の図のように螺旋状のように重続的に完璧に繋がっています。

上記図はあくまでもイメージです。

LV2は7講座のうち4講座を受講いただきましたらLV3に進めるよう設定しております。
ですが、理解や体験をより深いものにするため、基本的には全ての講座を受講されることをお勧めします

1講座ごとに1枚リーディング
(ハイヤーセルフからあなたに向けて、そのとき最も必要なメッセージを伝えます。)

写真はあくまでも一例です。

全講座をお申し込みいただいた方は上記特典に加え、以下2つの特典が付きます。

【1】全12講座+1講座の受講
全12講座に加えてもう1つの講座を無料受講いただけます。
以下がその内容です。(内容量としては通常講座と変わりません。)

【0】真の豊かさ
・お金とスピリチュアル
・楽しむこと、学ぶこと、探求すること
・貧と富の意識
・必要なものと欲しいもの
・エネルギーとしてのお金
・「私の」が消えて真の豊かさが見出される

出家などをせずに目覚めていく人が増えた今、豊かさとスピリチュアルの関係に悩む方も少なくありません。

本編は目覚めに特化するために豊かさを内容に組み込んでいませんでしたが、こちらも非常に大切な項目であると感じ、特典として挿入させていただきました。

【2】リリのシンクロニシティメモ 最新版

画像はあくまでもイメージです。実際はPDF本となります。

数年前からつけていたシンクロニシティの記録に加えて〜2021までに
起こった数々のシンクロニシティをメモしていたのをまとめたPDFブックです。

  • 本気で目覚めていきたい方
  • 思考を手放し、直感での理解にシフトしたい方
  • 悟りたい方
  • 覚醒を体験したい方
  • 非二元を体感したい方
  • 宇宙の真実を知りたい、体験したいという方
  • スピリチュアルを本質的な部分のみ学びたい方
  • 霊的成長・進化を起こしていきたい方
  • 私、リリの発信している内容と波長が合うと感じる方
自己紹介写真

23歳の時に体験した絶望の末、自身に起きた悟りの一瞥体験を機に、悟りの探求を始める。
それ以降、神秘体験・覚醒体験を経て、気づきや目覚めを深める。
現在はそうした経験を活かし、エゴからの解放を目的としたノンデュアリティセッションやスクールカウンセリングを行う。
また、それらに加えてKindle書籍「目覚めに導かれて」出版、YouTube「悟リリch」の動画配信など、人々の意識の目覚めを促進したり、定着をサポートするために活動中。

募集定員:20名
(定員に達した場合、一旦閉めます

単体受講+zoom受講特典1点(1クラス毎):
15,000円(税込)
(PayPal決済の場合、手数料込みのご料金15,602円となります。)

全12講座セット+zoom全受講特典3点:
171,000円(税込)
(全コース受講の場合、5% 9,000円オフとなります。)
(PayPal決済の場合、手数料込みのご料金177,428円となります。)

クレジットカード決済(PayPal決済)・銀行振込

全講座受講コースの方のみ、クレジット決済・銀行振込
どちらも分割可能です。(最大12回払い・分割手数料無し)

・銀行振込の場合、振込手数料はご負担ください。
・銀行振込の場合、分割回数に応じて毎月28日までにご参加費をお振込いただく形となります。
・クレジット決済(PayPal決済)の場合、PayPal手数料3.6%+40円、海外の場合は4.1%+40円がかかって参ります。

ズームオンラインにて、全国からいつでも受講可能です。

ズームオンラインの場合、マンツーマンで行います。質疑応答の時間もとります。
パソコンもしくはスマートフォンと安定したネット環境のみご準備ください。

zoom
実際の開催の様子(画面で資料を共有しながら行うこともあります。)

(※定期的に熊本市内でも開催していく予定ですが、感染対策のため、次回の開催日は未定となっています。)

講演会の様子
熊本市内で開催した時の様子
STEP
まずお申し込みフォームよりお申し込みいただきます。
第一回目を受講するご希望の日時もその際にお伝え下さい。

受講期間はご自身のペースに合わせて受講可能です。
月1でも週1でもそれ以外でも構いません。

STEP
お支払い後、こちらからズームのリンクをお送りいたします。
その際に各回毎に資料や体験キットも送付します。
STEP
ズームにて「目覚めの体験勉強会」を受講いただきます。
オンライン受講特典の1枚リーディングもその都度、回毎の最後に行います。

当方はPCから行いますが、受講される方はPCでもスマホでも構いません。
Wi-Fi環境は確保の上、ご参加ください。次回の日程もこの時に話し合います。

zoomで受講された方々のお声は以下です。

S

S.Hさん 九州在住 30代

とてもおもしろかったです。 愛について考えさせられる回でした。
波動を科学的な視点から見るという話が、とても印象に残りました。
全ては波動でできている。と よく耳にするのですが、それがどういうことか私はわかっていませんでした。
ですが今回の勉強会でそれがどういうことかを知り、衝撃と共に腑に落ちる感覚がありました。
そして、全てに意志がある。ということをしっかりと受け入れることができました。
ーーさんや〜〜やーーのエピソードは、ただただすごいなと。
愛は科学や思考では考えられないようなことを起こしてしまうことに驚きと感動を覚えました。
波動の体験もおもしろかったです。 瞑想では身体の振動を感じたり、手の先が温かくなるのを感じました。
水の体験では、柔らかいふんわりした感覚が身体の外側にまで広がっていくのを体感しました。
これを自分でできてしまうのは本当にすごいことだと思います。
全てがはじめて聞く話しだったので、たくさんの学びがありました。
そして愛の素晴らしさをお話しや体験を通して感じることができました。
本当にありがとうございました。

N

N・Tさん 50代 千葉県在住

事前に送っていただきましたテキストが大変読みやすくわかりやすかったです。
勉強会はリリさんとマンツーマンで丁寧にお話しくださり、とても贅沢で安らぎを感じるひとときでした。
私自身は、自分の自己形成を振り返ると、もともと右脳がかなり強く感覚的だったと感じますが、自分を守るために、そして他者からの評価を得るために、左脳酷使型の訓練にはげみ、また身体感覚を無感覚化する習慣を長年やってきておりました。
それは、それでこの世界で、落ちこぼれる恐怖からのがれ、安心して生きるために、自分が選択して体験したかったことでもあったのだと思います。
でも、そのおかげで直観とは真逆の選択をあえていつもいつもしてきたように思います。
直観は真我からくる情報であり「間違いはない。」というお話。
このことに大きな安心感と信頼感を感じ腑におちました。
なぜなら、本当の私(真我)は私を誰よりもよく知っていて、誰よりも私に必要なものも知っているのは当然と思ったからです。
こうした切り口でそのことをはっきりと伝えてくださったのは、ある意味衝撃でもあります。
自我の認識ではなく真我の認識に至るとき、世界はどうみえるのか?
真我は私という存在をどのように認識するものなのか?楽しみでもあります。
日常生活で直観を磨いていく練習、実践を重ねていきたいと気持ちが新たになりました。
余談ですが、1年ぶりにズーム越しにお会いしたリリさんが、大変美しくなられていて見とれてしまいました(笑)。
特に目の輝きが深く優しく、それだけで癒されてしまうパワー感じました。

S

S.Uさん 40代 熊本県在住

今まで表面的な知識を学んでいましたが 本質的なことを教えてくださるので理解が深まり、納得が出来ました!
カードリーディングは思ってもいなかった結果でしたが、一週間後本当にカード内容通りの展開が起きていて驚いています。
通常なら受け取らない展開ですが、リリさんのリーディング内容に安心して、受け取ることにしました。
本当にありがとうございます!

S

S.Hさん 30代 九州在住

周波数が人に与える影響が様々であることが理解できました。
意識レベルが上がる時の7つのプロセスの話を聞いて、辛かった時期の考え方が変わりましたし、これから起こる事も楽しみになりました。
7つのプロセスの事を思い出したら、辛い時でも乗り越えられそうな安心感があります。
これを知っているのと知らないのでは心持ちが大きく違ってくると思います。
そして、ありのままを受け入れることの重要性を感じました。
また引き寄せの法則では、波動の質や根幹の部分を知る事ができましたし、鏡の法則と共に、どちらにも深い愛を感じました。
人々や様々な生命との深い繋がりも感じられました。
波動の体験では、今まで低い周波数に慣れていただけだったと実感できました。
新たな発見もあり、おもしろかったです。
話を聞いているだけで、大きな愛に包まれている感覚がありました。
ありがとうございました。

T

T.Nさん 千葉県 50代

第3回の勉強会、ありがとうございました。
振動波の上昇は地球規模で起きている⇒振動波の上昇は人類の意識レベルに連動している ⇒こうした前提を踏まえて自分の人生を改めて感じていく機会と気づきをいただきました。
つまり、波動振動数が高い環境の中でこそ、闇も浮上し、浄化の過程としてエゴの必死の抵抗が起こる…。
そのことと照らしていきますと私自身、大変長い期間ですが23歳のとき以降およそ30年、ずっと心は真っ暗闇と感じる状況でした。
学生時代に信じていた組織、仲間に失望し、他者からの批難、矢面にたつのが怖くてその隠れ蓑として結婚し、流産し、結婚した相手ともうまくいきませんでした。
その後素晴らしい師に巡り合い、悟りを学ばせていただく機会を得たのに、ここでも私自身が自我を消す準備がなく、「悟り」すらもエゴにとりこんで「自分が素晴らしい人」になり人から認められ、尊敬される人になって安心を得ようと、そのために必死で学んでいました。
「悟り」は人間として価値のある素晴らしいことと思っていましたので、悟ればこれまでの自分の後ろめたい罪悪感だらけの人生が挽回されると思っていたのです。
しかし年月とともに心の闇が深くなっていくのを感じ、ちょうどアセンションが騒がれていた2012年ごろは、精神的にかなり病んで、だれかれかまわず、「死んでしまえ~」という心の声が聞こえてきました。
自分でも「もう悟りの学びができる状況ではない。
いよいよ、私は人としてかなりおかしく病んでしまった。
心療内科を受診して治療した方がよいかも」と観念しました。
何件かの精神科、心療内科のある病院に電話して予約をとろうとしたのですが全てどういうわけか断られました。
新規の受付は2か月待ち、とか「統合失調症はみていない」とかで断られました。
私は20年以上は、カウンセリングやコーチングを受けていましたが、毎回カウンセラー泣かせで、心の闇はさんざん見たものの、そこから抜け出せず、どうしても光を見出せなかったのです。
その後、自分がとても価値を置いていた組織、学びを辞め、無理するもの、嘘つくのもやめて好きなことをしようと思いました。
その結果、ある日、通勤途中にふとその闇が光だったという転換がおきました。
それは特別な一瞥体験などではなかったのですが、視点が変わったという感じで天動説を信じていた人が地動説に納得してしまった、という感じです。
その結果今に至っているのですが、あの暗黒の30年は、自分のあまりの至らなさを恥じる30年ではなく、とても波動の高い先生と少なからず関わらせていただいた環境があったからこそ生じた「暗黒」であり、恩寵だったのだ!と気づきました。
さらにアセンションの時代的な宇宙の波動を受けて、闇が浮上していたのだと感じました。
闇が恩寵だった! 照らされるから、影が濃く浮上します。
曇り空ならば影はあまり見えません。それと同じと感じました。
最後の高い波動と低い波動の行ったり来たりですが、高い波動というのが、想像していたものとは違いグラウンディング的といいますか、地に足のついた安心感の感覚でした。
そして頭であれこれ考えていない。
低い波動は、胸やのどがつまり、頭と自分が同一化しているような感じです。
思考であれこれ負の連鎖を妄想し続けることがどれほど不自然か、でもそれを不自然と思わずずーっと当たり前にやってきていたわけです。「聖なる下山」という言葉がぴったり結びつきました。 ありがとうございました。

R

Rさん 60代 九州在住

波動についての理解が深くなりました。
詳しく分かり易い講義内容で何となく自分でも体験ワークを引き続き行っています。

S

Sさん 30代 九州在住

私という概念そのものをひっくり返された、衝撃的な回でした。
最初は混乱しましたが、次第にいろんな気づきがありました。
抽象度の話がおもしろく、抽象度のことを理解していろんな事をを見ていくと、物事の捉え方が大きく変わることにも気づかされました。
スペースの話しも興味深く、これは本質的な話しだと思いました。
最後のラマカント•マハラジの言葉が心に刺さりました。
ただ流れている感覚。私にも分かりました!
それと同時にマインドに囚われすぎている自分に気づく事もできました。
今回の話で、私というものをあまりに小さく見すぎていたことを実感しました。
そして「私は誰か?」に対して今までとは違う捉え方ができる事を知れましたし、自分自身に問いかけてみようとも思いました。
今回は全ての根幹といえるような重要な内容を教えて貰えたと思っています。
ありがとうございました。

S

Sさん 30代 九州在住

私自身がまず運命というものをよく理解していなかったことに気づかされました。
そして運命についても前回同様、視点が大切なんだと思いました。 全てはただ起きている。
ということや個人的行為者はいない。に関して、そんな気がするなと今回の勉強体験会の数日前から感じていました。
今回の話しは、人によっては受け入れ難い内容であることもよく理解できます。
個人的行為者がいないとは、どういう事なのかとか、その過程も詳しく知れました。
逆にエゴ的な考え方もよく理解できました。
また、結果を気にしなくていいって、そういう事なのか!と思えて安心しました。
これらは今までの生き方には全くなかった捉え方なので戸惑う事もありますが、エゴにとっては絶対に知られたくないことだろうと感じています。
私はこれらに気づき始めてから、以前よりも気持ちが穏やかになっています。
全ての物事になる体験は私には難しかったのですが、その場で急遽もう1つ体験をさせてもらえました。
それがとても分かりやすかったです。
何より実際に体感してもらいたいというリリさんの気持ちが伝わってきて、とても嬉しかったです。
ありがとうございました。

T

T.Nさん 千葉県在住 50代

先日は、第5回のお勉強会ありがとうございました。
まずはリリさんのはじめのカードリーディングの内容!目の前にある課題のドンピシャの内容に驚きました。
そしてそのことをリリさんにお話ししているうちに、全て真我の導きと感じるように確信になりました。
運命の話・・・運命とは個人的観点からのみ存在する。ということ、なるほどと感じました。
自分の生まれ日のホロスコープ、や数秘などある意味、個人的資質を理解する上でとても役に立ちます。
それを理解し活用するのも良いと思いますが、それは「個人」の特性なのだと改めて感じ、そこに優劣はないのに、優劣や価値や意味をつけてしまっているこの自我の特質を感じました。
この間、私自身は逆に「神はその特性、個性をもった私という人間をこの世界に生み出して、何を体験させたいか?」「この特性を生かして神に奉仕する(全体に調和する)には?」という自問自答によって、自分の使命を感じ、そこに自我を共鳴させていく中で少しでも自我を鎮めようとしてきました。
⇒これも、あるところまでは良いのですが、そのうちある種のスピリチュアルエゴに繋がる感じもしております。
そうしたスピリチュアルエゴを越えて 「私たちは人生という演劇の中で役割を与えられている」その目の前の役割を能力の限りを尽くしてやること。
個人的行為者という感覚が死んで、完全な神(神)の道具になること。
自我は嫌がると思いますが、一方とても惹かれ憧れます。
これもまた個人の運命を越えた大きな導きなのだと感じました。
触る実験・・・たしかに!触っただけでコップのあらゆる情報を感じていました。
しかし日常そういう触り方はしていないので、頭で無視しているので、認識できていなかったです。
そういえば、スマホというものを初めて購入して触ったときも、この小さくて重みのある金属の塊のあるところを触るだけでブルッと振動して、それが手に伝わり、なんともいえない情報の密さを感じました。
今ではそんなことも、当たり前にしてしまい、いちいち感じていません。
ということは、初めてのものに触れるときは、それを感じやすいのかもしれませんが、慣れによってその情報を自我が遮断しているのだと感じました。
その自我を鎮めつつ、感じられたら身体の感じる5感は、ワンネスを感じている?!ということではないかと思いました。
・・・・だから瞑想等で頭の思い、考えを鎮めて、静かにするのか、とあらためて感じました。
自我は首から上にあるもの・・・これも確かにその通りです。
また、自分の顔についている鼻というものはほんの一部がわずかに目にみえる顔の一部・・・。
しかもその鼻から呼吸をしている。命綱の気管でもあります。
自我と真我を結ぶものでもあるのかな?などど妄想が膨らみます。
最後の実験で、自分が死んだとして・・・家、土地、地球、宇宙を感じる。
それでも、それを感じるものが「ある」こと。
身体がなくなっても、あること。これがまた不思議な全く言葉にできない感覚でした。
リリさんより、それは自我では認識できないもの。と伺い、確かにそうだと。
そして、「これが真我ですか?」と伺うと「そうです」と。これも言葉になりません・・・。
この感覚を日常、意識しつつ?問題意識にあげつつ・・・過ごしていきたいと感じました。
ありがとうございました。

R

Rさん 60代 九州在住

現実の引き寄せをいかに無意識に選択し 思考を巡らせいるか。
あることを受け入れ、真の自分自身の発している向き合い意識的に高波動へ以降し続けていき執着やエゴの正体に気づき手放す日常を実践していく事だと感じました。

えみこさん 関西在住 50代

私は誰なのか?ということを順にあらゆる角度から講座して戴いて、ロジカルにもイメージ的にも腑に落ちた感じです。
私は恐怖を感じることが起こるとすぐにエゴのドラマにはまりそうになるので、意識して自分の意識を銀河宇宙へと飛ばして自身を俯瞰して意識を拡大していこうと思います。
講座内の体験ワークでも、嘘の様に先程まで思っていた問題がサーッと引いて何の問題もないように感じられたので、意識を拡大していくということはあらためて大切なことだな、と実感しました。
本当に簡単なことなので、楽しみながら子供たちの教育にも取り入れて欲しいですね。
本日はありがとうございました♡

S

Sさん 30代 九州在住

罪悪感を感じる瞬間は思った以上にあると思います。
生きていると自然に出てくるもの。
罪悪感を感じる瞬間を紙に書き出しましたが、思ったよりたくさん出てきました。
そして罪悪感がもたらす影響はとても大きいし、広がりやすいと感じました。
正義感って大切だと思われがちですが、それにより時に自分や他者を批判したり、傷つけてしまうことがあるので、正しさが全てではないな。 正義と正義のぶつかり合い。
争い事が起きてしまう。 正義感は危ういものだと思います。
そして今にないものを求めて、今の自分を否定するのはとても苦しい事だと感じました。
どんな自分にもOKを出す。
全ては赦されているってすごい事ですし、 ありのままを受け入れることは愛だと感じました。
不完全に見えるものも、その不完全さに美しさ。を感じました。
カラーセロハンの体験はおもしろかったです。 そして、自然と感謝の気持ちが湧いてきました。

Y

YGさん 60代 女性

私にこれまで足りなかった部分の学びを十分にすることが出来ました。
直感的に受けた講座内容でしたが、これは神から導かれていたのだと思います。
目覚めへの理解の全てが繋がったように感じました。ありがとうございました。

S

Sさん 30代 九州在住

カルマに種類があることを始めて知りました。 前回の罪悪感と同じように、結構な数があるように感じました。
そしてカルマに対しての誤解が、当たり前のように広がっていることが今回の話で感じられました。
カルマを悪者にしてしまいがちです。
しかしカルマも目覚めのためのものならば、やはり愛なのだなと思いました。
カルマの面から見ても、起きたことをあるがままに受け入れることの重要性を感じました。
カルマと輪廻転生の関係もとてもわかりやすかったですし、輪廻転生と科学の話はとても興味深かったです。
体験の方では言葉にならないような感覚があって、とてもおもしろかったです。
これからも何度もやってみようと思いました。 ありがとうございました。

T

T.Nさん 50代 千葉県

第0回豊かさのお勉強会ありがとうございました。
お勉強会を終えて、お金に対して抱いていたものが変わりました。
貧と富の法則は、私の心の欠乏感(欠乏マインド)の性質そのものです。
そして満たされない欠乏感のよりどころ?正当化?が「清貧」をよしとする考えでした。
結局、お金というのは私が自分を投影している鏡だということがよくわかりました。
最後のワークでは「お金は私を不安にする」がぴったりきておりましたが、やっていく中で、お金は私を不安にする→私の思いによってお金を不安にしている、ことがよくわかり、お金という鏡を私に置き換えると、「私は私を不安にしている」!これはもうぴったりです。
自分の思いが自分自身を不安にしているのです。
心当たりありすぎです。 お金の立場になったら、「不安にする」とっている人のところになんか近寄りたくないです(笑)!
「お金は私を幸せにする」と思う人のところに行きたいはずです(笑)引き寄せにも通じそうです。
お金がなくなることが心配でいつも何かと少しでも安価なもので済ませられないか?と不安を感じながら、使っていました。
しかしこれは、無駄遣いや安物買いの銭失い的に、自分自身という大切なものに対して「安価なもので済ませられないか」と侮辱しているようなものだと感じました。
「お金がなくなったらこの世で生活できなくなる、生きていけなくなる!」というのが根底にあります。
しかし、この投影している「お金」を「私」にそのまま置き換えてみると「私がなくなったら私はこの世で生きていけなくなる」となります。
そう考えたとき「あ、それはないな。」と。自我の私がなくなっても生きられます。
悟り覚醒は、それを目指しているはず・・・。なのに自我の執着がここにも大きくありました。
「必要なものはすべて与えられてる」このことをどれだけ信じて感じられるかだと思いました。
私自身の「神へのバクティ」にかかっている!
そうしたことを感じさせていただきました。 ありがとうございました。

T

T.Nさん 千葉県 50代

波動とは、ーーであり、ーーであり、ーーであり・・・つまり神そのものというお話し。
衝撃でした。といいますのは、私の自我の視点からは良い波動悪い波動、高い波動、低い波動、などなど、波動ひとつとっても、「ジャッジ」が入っていたからです。
しかし、今回のリリさんの説明から、私は「それは、本来の神の波動に自我が幻想というサングラスをかけてキャッチしているものだから~」と理解しました。
サングラスをとれば、全て神の波動になる。(ここらへんこれで良かったか怪しいですが)
良い波動も悪い波動も本来なく全て、愛の波動。
なぜなら、全ての存在物は中性子という「調和」と陽子という「愛」によって出来ているから!
これも衝撃でした。
そうか!全てのものは愛でできているのか…。
でもこの事実が、とても希望でした。
人類がこのことを、もしも小中学生から学んだら、世界が全て書き変わると感じます。
水に心から愛している人や物を思い転写するワーク。
「愛している人」そういわれて、なかなかぱっと出てきませんでした。
まわりの人思い出しても、嫌な人はほとんどみあたらず、みなさんおしなべて親しみはあるのですが、心から「愛している」になっていないのだな・・・。
自分のハートがあんまり開いてない、どちらかというと頭人間の現状を感じました。
さらに、それでも探っていくと、心から愛しお慕いしていますという方を思い起こしていくとかつて20年以上「気功や太極拳」を学んでいた先生を思い出しました。
今ではお会いすることはできませんが、とても尊敬し、本当に人として大切なことを学ばせていただいてきました。
その先生のことを思いだし、体験ワークに生かしました。
喜怒哀楽の感情等は特に感じなかったのですが、胸のあたりに沁みわたり、その感じはしばらく勉強会が終わってからも「ここにあるよ」という訴えのように感じました。
まるで失恋したときに胸のあたりに「ここにあるよ」と訴えられてた感じと似ています。
失恋のときはそこに「悲しみ」が乗っていましたが、今回はそうした感情はのらないものの「ある」感じ。
それは私が「ここにいるよ」とでもいうような。
今、こうして感想を書きながら思い出すと、「ここにいるよ」と訴えてきていたのではないかと感じました。
真我のありか、住みか…。
あ、この感じ、こっちが生きているいのちの感じではないかと感じました。
自分の中で頭と身体とハートとをバラバラに分断し、分離させ、頭主導で生きてきた私にとって、まずは自分の身体と心を愛で満たし繋げていくお水ワークを毎日やっていこうと思いました。
こっちが人として正常な状態・・・本来の愛の波動を受け取れる状態と感じました。
この状態にもっていく習慣をつけていこうと改めて感じました。ありがとうございました。

T

T.Nさん 千葉県在住 50代

第4回勉強会ありがとうございました。
私と同一化しているのは、目に見える身体の表面、湧き出る思考、感情、五感で感じる感覚などです。
真実は明確なのに、この狭い心身の空間に自分を閉じ込めて認識してしまっているのはなぜ???と感じました。
狭い空間、この肉体に閉じ込められた私の能力をもっと「開発しないと」「成長させないと」「できるようにならないと」「世の中から置いていかれる。⇒孤立の恐怖」が、あったと感じました。
持って生まれた能力を鍛え発揮させていくことはと、人として大切な過程ではあるけれど、それにより「私という個」を閉ざしていると感じました。
「私はできない」「わからない」と心底認め、プライドという自我で閉ざさずオープンにしていれば、必要なものは全てある世界であり、何も困らないのだと感じました。
私が銀河だったら何も困りません。また、私が細胞だったら弱っているところ、怪我した部分があっても、そこに必要なことをするだけです。
この視点本当に重要と思いました。 また、このこととも関連しますが、自分のやってきたかなり根強くある自我は「自分でなんとかしなければいけない」「依存してはいけない」「甘えてはいけない」という価値観を良しとしていることです。
さらに「本当は自力でなんとかできるはずなのだ」という驕り…です。
本当に自分は無力なのだ。と心から認め、なんともできないのだと絶望し、だからこそ神に祈るしかないと、本当に全てを委ねたときにこそ、大いなる全てから入ってくるのだと。
それを、私は、自分の苦しさをなんとかしたくて神に祈りましたが、それさえもそうすることで「苦しさから救われた私」になりたい、という自我が常にありました。
昨年末の幸先詣のおみくじに書かれていた厳しい言葉「苦しい時だけ神の御袖にすがりつき、後はすっかり忘れているとは何事か」みたいな内容でしたがここに繋がります。
全て自我にとりこもうとして、自我が幸せになりたい、自我が楽になりたい、自我に光明を得たい・・・。絶望した自我を光明を得る自我に転換したい。こういうことだったとはっきりわかりました。 最後の実験。
目を閉じて思いを一切捨てて自分を感じていくワーク。お腹のあたりに丸いふわふわしたボールのようなものがありました。
これが「私」としているもの…。
「これなんだか私感あるな~」と感じていました。
無自覚ですがこれを手放すことをしたくないんだ、と感じました。
なぜなら「世の中から置いていかれた子」だからです。
「置いていっちゃダメ、見捨てちゃだめ」と思っているんだな・・・ 。
リリさんからも助言いただきましたように一緒にもっと安心安全な神のお家にいこうと声かけてあげます。
思えば、小学生くらいまでは、漠然と「私=人類的」な感覚が強かったように感じます。
私個人の欲求より「人類みな兄弟感、戦争やめて、平和な世の中にしよう」感が強くにありました。
でも同時にそれでは、自分の個人的欲求が置いてきぼりにされ、学校や世の中でも評価されず競争社会の中では落ちこぼれ側の人間になることも知りました。
そうした記憶が、自分がしっかりしないと、自分で自分を守らないと!という自立感も作り上げたと感じます。
また、本日のリリさんのインスタに書かれていた依存についての言葉で人間が依存をやめられない理由は「魂の部分で愛を求めた叫び」だから。という言葉が胸に響きました。
今回の第4回の学びの中で改めて「本物の神への依存」は自我の放下に繋がるのだと理解いたしました。
ありがとうございました。

R

Rさん 60代 九州在住

今回も楽しい学びでした。
概念が囚われや エゴと結びつき現実を創り幾重となく繰り返していたそこには、真実は無く信じるものの結果が今にある事に気づいた回でした。
実験、毎回新たな体験何でき楽しいです。
今回もお腹のスペースができ風船の中がお腹にできそこは、じんわり暖かく平安でき安心そのもので呼吸をする度お腹から腰当たり迄広がり穏やかな心地よい空間になりました。
一夜明けてもそれはあり続け今日は、「ただあるだけ」メッセージ?
ただただ自分の中から連呼されています。 また、次回も楽しみです。
ありがとうございました。

T

T.Nさん 50代 千葉県

第6回目ざめのお勉強会、ありがとうございました。
ちょうど、この間の自分の意志力の弱さがふがいなく後悔していたところに、ぴったりのオラクルカードと、ぴったりの内容の勉強会テーマでした。
「人生に何があってもあなたは無辜」この意味は、抽象度が高い状態での理解ということ。第4回で学んだ抽象度を上げる下げる・・・を思い出しました。
つまり、抽象度が低い個人レベルや国レベルでは、犯罪を犯すと罪となり刑務所に入る・・・。
けれども、地球レベル、宇宙レベル・・・と抽象度を上げていったら確かに、地球で何が起きても人類が核戦争で地球を破壊したとしても、そこで人間の罪を誰かが裁くだろうか・・・?そうなった・・・というようにしか感じないと思いました。
仮にもし宇宙に心があったらなら、悲しみや哀れさを感じるかもしれません。
けれど、そこには慈悲だけがあるように感じました。
宇宙は核兵器で地球を滅亡させた人類を責めてはいない。と感じました。
さらに、この人間という抽象度の低い世界で生きていながらも「人間は誰もが無辜である」と堂々と感じ認識しそのとおりに生きられるのは、個人レベルであらゆる「〜×〜=愛」を体現された方ではないかな~と感じました。
イエスキリストと繋がる気がします。
また、あらためてエゴは「〜×〜〜(正義)=怖れ」の方程式!
この方程式についてしばし、考えを巡らせていました。
私は子供の頃から20代ころまで、自分が否定されたり、批難されたときに、「いつか自分の正しさを証明してやる!」「いつかぎゃふんと言わせてやる」という反発復讐心のようなものがエネルギーの原動力になっていることを自覚していました。
それで、努力していたといっても過言でないと思います。
さらに、人から認められるために正しさを追求して、正しい人になろうとして。と感じました。
確かに私自身の中にいつもどこか自己不信があります。
それは、かつての状況に比べれば格段に払拭されていますが、ときに沸きあがります。
しかしこれは自我きたことを感じました。正しければ、人から批難されない。
認められる、正しければ安心して生きられる、と思っていました。
その正しさの基準は、学校の基準、教育の基準、一般常識の基準、その後の価値観、考え方の変化で、「正しさ」の基準は、その年代の価値基準によって、私というたったひとりの人生においてもコロコロと変わりましたし、あえて変えてきました。
神様を信じてきたり、無神論者になったり、左翼になったり、右翼になったり・・・・。
キリスト教に惹かれたり、仏教、禅、神道に惹かれたり…。
そして今となっては、「悟ること、目覚めること」を正しい基準にしている自分がいる!ゆえに、教えてくださる先生のアドバイスが守れないと自分を責める、罪悪感が生じるのだとも感じました。
そのスピリチュアルエゴからは抜け出せていない現状を改めて感じました。
自分の傷に「正しい」がかけ合わさって「恐怖」が造られ、それが自我の元となっている!
この方程式は、自己分析、内観、自覚していくための叡智の方程式ですね。
今後、これに当てはめてさらに自分を観ていきます。 最後の、ーー実験。
確かに、罪悪感、恐れ、不信、不安、自我のフィルター。
一枚一枚感じつつ重ね、一枚一枚とっていく。
最後にとったときの、あまりの明晰な見え方にびっくりでした。
人間として生まれた以上、罪悪感はどうしても生じてしまうものと思いました。
人間の根源的な集合無意識的罪悪感といいますか・・・神から離れて個になってしまったこと(本当は離れてないが)・・・とも感じます。聖書の中の放蕩息子の話ようなものだと。
また、そのことによる天涯孤独の不安と恐れ。
そこから、2元の世界にどっぷり浸かってしまった自我の認識がはじまるのでは?そこから、あらゆる物語を自我が立ち上げていく。自己不信は自我不信ともいえる側面もあり、いたしかたないことと赦し癒し、自我は不信でも、ここに存在させてくれている命には不信はないと、そこ明確にしつつ学んでいきたいと感じました。
〜ーをとれば全て明確になると!ありがとうございました。

T

T.Nさん 50代 千葉県

リリさん 第7回目覚めのお勉強会ありがとうございました。
カルマについて身に沁みる内容でした。「スーパーエゴ」あります!
これに捕まることが多いです。
そのスーパーエゴとスピリチュアルエゴが合体した「スーパースピリチュアルエゴ」(笑)なるものの裁きが私の中に根強くあると感じました。
そして罪悪感という循環。その罪悪感ゆえに真我から弾かれる!という循環もわかりやすかったです。
しかし、今回の学びの中で感じましたのは、自我にとって良いと思うことも悪いと思うことも、罰が当たったと思うことも、ご褒美と思うことも、 自然災害も事故も病気も・・・全て不調和を調和に戻すための「恩恵」なのだということ(世の中で声を大にしては言えませんが)。
つまり、「カルマ=調和に導くための恩恵」といってもよいのだということです。
だから全てに感謝しかないのだと・・・。
とても腑に落ちました。カルマは魂の成長、進化のために現れてくれる壁、障害。
そしてこの真実をいつのときでも忘れないようにしていきたいと思います。
難しかったのは一番はじめの言葉「どんな自己もいないので、自己の転生もない。しかし、行為と行為の継続的影響はある。
行為は為されるが、どんな行為者もいない」です!
この文章は自我はなかなか意味が理解できない言葉です!
リリさんから丁寧にご説明いただきましたが、時間がたって読み返すとまた「う~ん・・・なんだっけ?」という状況です。おそらく思考レベルではわからないのかもしれません。
それこそ自我というカルマの超越体験をされた方には難なくわかる、そういうしかけのある文章ではないかと感じました。
そして顔型の実験。これもキツネにつままれたような体験でした。
おわってからもしばらくポケッ~としていました。
このとき、リリさんより「主観が真我なのです」と言われたように思います。
ここでさらに??世の中では主観は×で客観性があるのが○といわれています。
私もそう思ってきましたが、これがまた洗脳だった!と感じました。
主観の意味を自我の狭い思いこみ、色眼鏡をはめた状態と理解するなら確かに主(自我)観となります。
でも本来の主観は、主(直)観なのだ!と思いました。
自我をはさまない直観でみた、感じたもの!
主と客に分けずにワンネスしかないという前提の「直観」で見たもの。
このあたりは頭で整理してとらえ納得しましたが、また違っていましたら教えてください。
自分の目で見ている外界。自分の目に映っているものが・・・・私。 ゆえに世界は私。
とすると私の顔、私の身体に張り付いているこの顔は自分ではない? 自分を観る側の人ために設置されている鏡なのか・・・。
こんなことを思ったりもしました。 さらに背中、後ろ姿も自分では見えない。
これも生き様などを「背中で語る」という言葉がありますが人が私の背中、後ろ姿をみて何かを感じるためにあるのかもしれません。 確かに自分のためのものではなさそうです。
この実験、この実験からいえること・・・ これが難しかったです。
きっと、ここに自我は認識できない真実があるのだと思います。
また初めにひいていただいたカードリーディング。ビックリしました!
「アセンデッドマスター」のカード。そしてリリさんが;言われていた女性的なエネルギー。
まさにその通りなのです。
現在、人として生きていらっしゃるアセンデッドマスターにご縁をいただいています。
リリさんのリーディング力の確かさにひたすらビックリ状態でした・・・。
本当にありがとうございました。

N

NTさん 50代 千葉県

第8回悟りの勉強会ありがとうございました。
●今回「赦し」についての内容でしたが、それが最後のワークで繋がりました!
これは、全く想定外でした。元夫への怒り、イライラ。⇒私の話を聞かない、応えてくれない、無視する、いつも黙り込んでいる。
口をきいてくれない。「彼は私の意思を無視する」そのことへの苛立ち・・・それが幼少時の祖父母や父(家族)に感じていたものと繋がっていたとは!
私は母が弟の出産のため数か月突然消えてしまったので必死に探していたし同居していた祖父母や父にどこにいったのか聞いた。
でも祖父母は応えてくれない。知らないふりをする。
「祖父母や父(家族)は私の意思を無視する!」 しかし祖父母の身になってみると私の問いに応えようがなかった、子供にはちゃんと説明してもわからないだろうし子供の感情を無視する(我慢させる)のは当然で問題ないと思っていた・・・。
子供の気持ちに寄り添うとか、そういう発想はもともとない社会、時代、家庭環境の中で先祖代々生きて生活してきたと思います。
そして見事にそれを私も引き継いでいたのです!
何か全体の和を乱すことはいけない、ひとりひとりが全体のために、自分のわがままや甘えを引っ込めて「あわせるのが当然」「全体のためにわがままを主張してはいけない。
みんなそれくらい我慢するのは当然」「我慢できない奴はダメ」という根深い感覚がありました。
それが、表面上波風たてずにことを済ませたい。
本音を相手にぶつけるなんてできない、してはいけない。丸く収めたい。にもつながります。
でも自分の考えは正しいから押し通したい。
いつも表面的に丸く収めることを願っていたのだと感じます。
そして常々相手を説得させる言いくるめる能力を持ちたいとも思っていたのです。
左脳でひたすら理論武装して相手にいうことを聞かせたい。
ドロドロの感情を相手にぶつけることなんて無理…と思っていたといえます。
つまり、元夫にイライラしていた、怒っていたことは「彼は私の意思を無視する」からなのですが、それは鏡として見ると、もともと「私が私(インナーチャイルド)の意思を無視していた」のだと感じました。
インナーチャイルドの意思とは・・・「母と一緒にいたいのに、消えてしまった!」「どこに行ったの!探さなきゃ」 そのインナーチャイルドの私にとっての母は、自分と同一化している大安心の存在=愛。
つまり「愛と一緒にいたい、愛を探さなきゃ、愛はどこにあるの!」 なのに、その欲求、訴え,意思をいつもいつも無視していたのは私自身(の自我)だった!ということです。
今ならインナーチャイルドの私に私が寄り添えます。
「愛と一緒にいよう。大安心の愛である神と一緒にいよう」と。
そしてまさに、今回のリーディングカード「愛(真我)だけを見つめる」が出ましたのはそういうことでもあるのだと! 繋がってきました。
●私自身のネガに悩まされる感情のひとつに「嫉妬・妬み」というのがあります。
それを観ていくと、その嫉妬の奥には「自分がさげすまれた」「自分が恥ずかしい屈辱を味わった」感覚があります。「屈辱」⇒愛されないこと、大事にされないこと、認められないことへの「屈辱」 この屈辱の根源は?と感じると「愛と一緒にいれない屈辱、愛に愛されないと感じる屈辱」これが、「神(愛)、世の中の道理を恨む気持ち」となり「天に唾拍く」ような自我の心、ゆがんだ、過激な宗教や政治活動に惹かれ、犯罪者のような心理を持つに至ったと感じます。
すると、この自分の性質を知っている私からは私への自責の念、罪悪感がわきます。
この自分を赦すこと、私が自分を理解することが、おそらく世の中の犯罪者の集合的無意識の浄化の一助になるのだと感じました。
私自身を苦しめ、罪悪感を感じていた「妬み、嫉妬」の感情の大元の欲求を言葉にすると「神のごひいきに預かりたい」だったのです。
すると「この人生とんでもなく神のごひいきにすでにあづかっているじゃない!!!おそらくこれまで出会った私の知っている限りの人の誰よりも…。」という答えが返ってきました。
それは、根拠なく私の主観がそう感じました。ビックリでした。
また、これからも神のごひいきにあづかりたいなら、「当然、神がごひいきしたくなるような、それにふさわしい人にならなきゃ」とも感じます。
●私にとって「無視⇒屈辱」がトラウマとなる感情でもあると思いました。
でも、その「屈辱」というトラウマの感情によって「神をも恨む」自我が生まれ、それに病み苦しみ・・・でもそのおかげで、屈辱、恨みの奥にある本心である、「神と一緒にいたい。神のごひいきにあずかりたい」ゆえに「神に献身することが喜び」という欲求にたどりつけたともいえます。
焦点があってきたといいますか・・・。
トラウマも、傷も、心の闇も純化していけば貴重な気づきになる。
そういうギフトが誰にでも与えられているのだろう、おそらく一番のぞんだ形で。 そんなことを感じ、勉強会後整理いたしました。
ありがとうございました。

C

C.Nさん 50代 千葉県

第9回悟りの勉強会ありがとうございました。
はじめにテキストにありましたアドヴァイダ的な慈悲,慈愛で書かれていました「真我である現実」と「偽の現実である個人としての現実を結び付けているもの=慈悲慈愛。このとき、真我である現実とはなにか?と質問させていただきました。
どういうことだろう?「真我である現実」全くイメージがつかなかったのです。
自我で、理性で知ろうとしてもどうにもわかりません。
しかし、今、改めてテキストを読み直して何か直観的にわかった気がしました。
自分自身の自我がやってきたこと、作り出してきたことのいきついた先。
それは人生を振り返ると「偽の現実である個人としての現実」しか見えないことが生み出した他者との、敵との、戦い、競争、怒り、妬み、いじけ、そのことにより多くの人を傷つけ裏切り、信頼をなくし、自己不審、人間不信となり絶望し・・・それを感じますと自我の生み出したなれのはては悲惨さでしかない。
それを世の中的な価値観では「負け組」「失敗」というのだと思いました。
自我的にはそのようにしか解釈できなかったのです。
でも4年前に、ふとその現状を俯瞰的に観る視点に立った時それらの悲惨な自我の経験や性質が私には必要だった。
それがなければ悟り、目覚めに向かえなかったと感じました。
それを俯瞰、受容した視点は「真我の現実」からの叡智なのだと今回気づかせてもらいました。
そのときの感じは映画で戦後の何もなくなった焼け跡をみているような気分でした。
自我のもたらした悲惨さは私には必要な経験だったと感じました・・・でも、やってきたことはあまりにも未熟で近視眼的でそれがこんな結果を生んでいました。
殺人者が牢獄の中で改心している状態といいますか・・・。
その愚かさにやっと気づけた・・・自我の愚かさと悲しさ。
その俯瞰した視点とはどこから来たのかといいますと、自分が「この私の自我を生み出した母だとしたら?」という自問自答によってだとふと湧いてきました。
つまり、罪深いわが子を生み出した母の観点だと感じました。
おそらくこの母性が観音や聖母の観点である慈悲、慈愛ではないかと感じました。
それは、真我から流れ出るもの!
真我を直接感じたわけではありませんが、そこに慈悲・慈愛があるならば「真我から流れ出たもの」を感じることはできるのだと感じました!まさに橋渡しです。
ゆえに自分自身に慈しみを与えることは利己的ではないということも実感としても腑に落ちます。
なぜなら自分を慈しむことができたなら、自分に慈しみを与えているものは、いつもの自我ではないからです。
真我の手がかりが見えてきました。 ありがとうございました。

S

Sさん 九州在住 30代

赦しをより深く理解することができたと思います。
リリさんが実際に体験したお話とてもわかりやすかったです。
私の体験の中でも、私を苦しめてきた人自身が実はとても苦しんでいたんだと思えることは数多くありました。
みんなそれぞれ一生懸命に生きているんだろうなと思います。
そう思うと相手を責めるような気持ちも減ってくるような気がしています。
なにより自分を赦すことが大切だと思いました。
外側は自分の意識の投影というようなことがよりわかった気がします。
トラウマには個人のものと集団のものがあると初めて聞きましたが確かに両方あるのだろうなと思いました。
そして本来は因果やカルマなどは存在していないのではないかとも思えました。
赦しがとても大きな浄化になることがわかった一方でトラウマやカルマなどあらゆることを赦すという行為はそんなに簡単ではないようにも感じました。
とても深いお話でした。 ありがとうございました。

T

50代 千葉県在住 T.N.さん

第11回お勉強会ありがとうございました。
今回は覚醒体験回ということで、えっ!そんなことが人為的に出来るの?いったいどういうこと?と思っておりました。
そして、実際体験させていただいて感じたことは、自分にとって「良くない」と思っていた心の性質、習慣、癖、が肉体のある部分に繋がっており、その肉体のある部分に存在しているかのようなーの要求のぞむことをとことん、もういいというまで聞いていくと、ーーがはじけて空間に溶けていくようなことになり、そこには時間も存在しない!それを空というのであれば、ーはそこに出たかった?!ということを感じました。
〜ーが、空に導いてくれる鍵だった。
ということ、驚きました!
その数日後、実は感情の揺さぶられる出来事が起こり、怒りが沸いてきました。
私は相手のとある言葉をきっかけに無性にむかむかする怒りの感情が引き出されたわけですが、それをいくら理性で分析しても、相手がそれほど悪いことをしているとは思えませんでした。
でもムカムカの感情はある・・・。
それで、あのときの呼びかけを自分でやってみようと、やってみました。
すると、またまた思いもよらないことになりました…。
そこにあったのは時空のない世界
それを、貴重なものとして守る意識が要塞となり、自我となった・・・ 自我はもともと自らを生み出した創造主を守るためにある! という感じがいたしました。
さらに その自我を持って生きている個の私の表現できる機会、生きていること。
これをもっと自覚し、その貴重さはやはりこうして生きていることへの感謝なのだなと。
肉体という物質をもち、自我という思い、言葉をもち、表現し、生きていられる機会。
全ては幻想といって頭で処理してしまうのではなく、空想に浸るのでもなく、今自分に起きていることを深く味わった先に、奥にこんなに身近に「覚醒」に繋がる鍵があることに驚いております。 ありがとうございました。

・受講するにあたり、PC(Windows または Mac)もしくはスマートフォンとインターネット環境が必須となります。
・講座ごとに様々な体験をご準備しておりますが、体感の程度は人それぞれ異なります。
目覚めのサポートとなる体験に間違いはありませんが、効果を100%確約するものではありませんので、ご理解ください。
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・お客様のご都合でお申込み後にご受講を中断された場合、ご返金は一切出来かねます。

ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
正直なところ、最初の目覚めの体験が起こって以降、私がずっとやりたかったのはまさにこの「目覚めの勉強体験会」でした。
というのも、多くの人が自身の体感を持って自分の本質に目覚めていくなら、それ以上に素敵なことはないと思ったからです。

ただ数年前までは、それが本当にやりたいことであることには変わりないけれど「人々に目覚めの体験を私がもたらすなど決して出来ない。その方法が一ミリもわからない。」と、そんな状態でした。非二元の体験とは目に見えない領域の体験です。そしてマインドを放棄する方向での体験、つまりノウハウもない世界。だからこそ、そんなことは夢物語、到底無理だろう。と、そう思っていました。

しかし、「求めよさらば与えられん。」とはよく言ったものです。
本当に沢山の導き・シンクロニシティのおかげで、数年前までは夢物語だったことを現実化することができました。

今回、直観的に作った会ですが、ふと振り返ると、なんとなく最初に必要だと感じて決めた内容が全て、完璧な順番で螺旋状に繋がっていることにも気づき、本当に高次の導きには驚かされるばかりです。私が作成したというよりも、大いなる意志が私の身体を通して生み出してくれた感じも否めないのが正直なところです。

そんなわけで、多くの方がこの「目覚めの体験勉強会」でさらなる霊的飛躍を遂げられ、目覚めていかれることを心より願っております。

皆様に目覚めの光が訪れますように。

愛を込めて。

リリ