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リリ
目覚めの案内人
純粋な非二元(悟り)の観点から心のセラピストとして活動しているリリです。
幼い頃から、この世界への諸行無常感を抱え、極度に繊細で敏感(HSP)な自分に生き辛さを感じいました。20代の時に訪れた絶望を機に悟りの探求を始め、一瞥・覚醒を数度体験。
セッションでは表面的な改善でその時だけの状況を変えていくのではなく、より本質的かつ根本的な改善方法に導くことを心がけています。

慈悲の瞑想のやり方を完全解説 実践音声付き

こんにちは。リリです。
仏教が伝える瞑想の中に「慈悲の瞑想」というものがあります。

この瞑想は主観的な視点から、俯瞰的な視点へと意識の移行が起こることを手伝い、利己主義な自分の要素を全体意識へと転換させる効果があります。

シンプルに言えば、自分にも他者にも優しくなれる思いやりの瞑想です。

最近では瞑想の効果が科学的にも証明され始めていますが、この慈悲の瞑想も、確実に自身の意識の成長・進化を支える瞑想の1つだと実感しています。

ということで、今日はそんな慈悲の瞑想のやり方について、詳しくご説明していきます。

最後に、慈悲の瞑想の実践をサポートする動画も用意していますので是非、そちらも活用して頂ければと思います。

それでは早速いきましょう。

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目次

慈悲の瞑想のやり方

海辺で瞑想する女性

私たちの心の中に思いやりや慈しみはの心を育てる慈悲の瞑想は、心の中で願いを込めるサマタ瞑想という瞑想にあたります。慈悲の瞑想では、文章を一節につき3回繰り返しながら、瞑想を行います。全体で10〜15分程度の長さです。

大まかな流れとしては以下の内容となります。

STEP
事前準備:姿勢や環境を整える

先ずは瞑想のための環境を整えます。

STEP
まず「私」の幸せを願う

幸せのスタートはかけがえのない自分自身から。

STEP
親しい人の幸せを願う

自分の幸せの次は範囲を広げて親しい人々の幸せを願います。

STEP
命あるものすべての幸せを願う

さらに範囲を広げて、人類以外含めたすべての生命の幸せを願います。

STEP
「私」の嫌い人、「私」を嫌っている人の幸せを願う

最後は最も難しいと感じる人が多いであろう、自分の嫌いな人・自分を嫌っている人の幸せを願います。

それぞれ詳しく説明していきますね。

事前準備:姿勢や環境を整える

もし、瞑想の時間が取れるのであれば、背筋を伸ばした状態で座り、目を閉じてスタートしてください。その際にはなるべく1人で静かにリラックスできる環境を整えると良いでしょう。

日々が忙しくゆっくりとした時間が取れない方は、電車の通勤時やお風呂でゆっくりした時、朝起きた時や寝るときなど、いつでもちょっとした時間でやってみても良いです。とてもパワフルな瞑想ですので、そうした合間に行うだけでも十分に効果を感じることだと思います。

ただ、とは言っても半ば義務のようにただ言葉を発するだけでは意味がありません。
慈悲の瞑想の文言を言うときは、心を込めて集中して行いましょう。

そうすることで慈しみの心が徐々に内面に育まれていきます。

基本的に、慈悲の瞑想は頭の中で念じながら行いますが、声に出して行っても良いですし、自分のやりやすいメロディーなどにのせて、行っても良いです。また、仲間たちと合唱のように念じてもOKです。

①まず「私」の幸せを願う

慈悲の瞑想はまず、自分の幸せを願う以下の4フレーズを唱えるところから始まります。

私は幸せでありますように。
私の悩み苦しみがなくなりますように。
私の願い事が叶えられますように。
私に悟りの光が叶えられますように。
私は幸せでありますように。
(3回繰り返し)

なぜ、自分の幸せを願うことから始めるのか、といえば、皆本音の部分では、自分のことが大切で、決して不幸になったり、成功できなかったり、努力したことが報われないのは嫌だからです。

慈悲の瞑想は、そうした本音をごまかして、自分より他人が大切と言って自己犠牲的に苦しくなるのを避けるために、まず自分の幸せを願うところから始まります。
人のために何かしたとしても、偽善的に行って自己犠牲感があっては、決して良い波動は出ません。

私たちが自分自身が大事だということは、否定できない格好たる事実であり、それは決して悪いことではありません。

大切なのは自分にも他者にも優しくすることです。

だからこそ、慈悲の瞑想はまず、自分の幸せを願うことからスタートします。

①のフレーズを唱える時のポイント

これらの言葉を心の中で唱えながら願う時、真剣に願うことが大切ですが、あまり具体的に考えないようにしましょう。(もっとこうなりたい。ああなりたいという風に)
というのも、自分にとって本当の幸せとは何か?ということを多くの人は知らずに目先の欲にとらわれがちです。余計なことを考えてしまって、欲が暴走しないためにも、そうすることが大切です。
大きな視点で、単純に「私が幸せでありますように。」と願うようにしましょう。

②親しい人の幸せを願う

次に二番目のフレーズは、自分の親しい人の幸せを願います。
文章は基本的に一番目と同じです。主語が「私〜」から「私の親しい人々〜」に変わります。

私の親しい人々が幸せでありますように。
私の親しい人々の悩み苦しみがなくなりますように。

私の親しい人々の願い事が叶えられますように。
私の親しい人々に悟りの光が叶えられますように。
私の親しい人々が幸せでありますように。
(3回繰り返し)

こちらのフレーズは、「善人になりたい。」という気分で念じると、上手くいかない可能性があります。よって、究極的には自分のために、親しい人々の幸せを願う。とすると、より純粋な気持ちで祈りを捧げることができます。

例えば、自分の愛する人が病気で苦しんでいたならば、自分も同じように苦しくなるのではないでしょうか?比べて、自分の親しい人々が幸せで満たされていたならば、自分の幸せもより強く安定することだと思います。

よって、ここで願うのは、心から幸せになってほしいと思える、親しい人たちのことです。

偽善ではなく、心の底から、本心から願える人々を想像しましょう。
そしてこの「人々」の中にはペットなど、自分が大切にしているあらゆる生命が含まります。

その生命が不幸になると、自分の幸せも一瞬で消えてしまう…そんな生命は全て、当てはまります。ですから、対象となるのは、ご両親・お子さん・親しい友人・愛するペット・近所のネコちゃんなど、人それぞれ様々です。

②のフレーズを唱える時のポイント

この場合も、具体的に「彼らにこうなってほしい」と思わない方が良いです。もしかすると、相手の思う幸せと自分が相手に押し付けたい幸せは違うかもしれません。
もし幸せが押し付けになってしまっては逆効果です。それはただの情念・エゴになってしまいます。よって、より大きな視点で、単純に「親しい人々が幸せでありますように。」と願うようにしましょう。その際は、自分の心や器を大きく広げたつもりで念じてみると良いでしょう。

③命あるものの幸せを願う

次は3つ目のフレーズに入ります。3つ目は、命あるものすべての幸せを願います。

文章は基本的に一番目と同じで、主語が「私〜」から「生きとし生けるもの〜」に変わります。

生きとし生けるものが幸せでありますように。
生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように。

生きとし生けるものの願い事が叶えられますように。
生きとし生けるものに悟りの光が叶えられますように。
生きとし生けるものが幸せでありますように。
(3回繰り返し)

心の成長が進むと、「自分さえ良ければ良い。」という自己中心性の段階から「自分の親しいものの幸福も願う」という自分の帰属集団への愛、そして「すべてのものの幸せを願う」という全体性の段階へと変容していきます。つまり、より範囲が広がっていくのです。

そんな心の成長を促すために、この3フレーズ目はあります。自分の優しい気持ち・慈悲の気持ちを一切の生命へと向けましょう。

すべての命が見えない光の糸で繋がっていると考えて、すべての命にあなたの良い波動を送るのです。

私たちは相手の気持ちになった時に初めて、相手への思いやりを学びます。そしてすべての命が、一切の例外なく、あなたと同じように、幸せになりたいと願っています。あなたも、私も、他の人々も、動物たちも、もっと小さな命も…そんなふうに視点をどんどん広げていくことで、自分の心が育てていきます。

④「私」の嫌い人、「私」を嫌っている人の幸せを願う

では最後、私の嫌いな人、私を嫌っている人の幸せを願うことで、慈悲の瞑想は終了です。

フレーズは以下の通りです。

私の嫌いな人々も幸せでありますように。
私の嫌いな人々の悩み苦しみがなくなりますように。
私の嫌いな人々の願い事が叶えられますように。
私の嫌いな人々に悟りの光が叶えられますように。
私の嫌いな人々が幸せでありますように。

私を嫌っている人々も幸せでありますように。
私を嫌っている人々の悩み苦しみがなくなりますように。
私を嫌っている人々の願い事が叶えられますように。
私を嫌っている人々に悟りの光が叶えられますように。
私を嫌っている人々が幸せでありますように。
(3回繰り返し)

なぜ、嫌いな人々の、また自分を嫌っている人々の幸せを願わなければいけないのでしょうか?

通常、私たちは自分の愛する人や良い人だけを愛するのが当たり前だと感じていきている部分があります。それが結果として、自分の家族さえよければ、自分の国さえよければ、自分の生きている今の環境さえよければ、とそんな風なエゴを温存し続けています。

しかし、慈悲の瞑想では「自分を嫌いな人」や「自分を嫌っている人」に対しても慈悲を向けます。
この行為は私たちのエゴを鎮め、より全体意識的な愛の視点を育むことをサポートしてくれますので、非常にパワフルな効果をもたらします。

そして、自分がどれだけ進化成長しているか、自分の心の成長・進化の具合を謙虚に確かめることを助けてくれるのです。このフレーズを心から唱えることができるようになった時、慈悲の瞑想は本当に意味で成功したといえます。

④を唱える際の注意点

ただもし、嫌いな人や自分を嫌っている人への幸せを願う際に、心があまりにも暗くなるならば、この文言は無理に唱える必要はありません。
その際はこの文言は抜かして慈悲の瞑想を行ってみてください。

慈悲の瞑想 全文

慈悲の瞑想の全文は以下の通りです。

私が幸せでありますように
私の悩み苦しみがなくなりますように
私の願いごとが叶えられますように
私に悟りの光が現れますように
私が幸せでありますように
(※上記を3回繰り返し)

私の親しい人々が幸せでありますように
私の親しい人々の悩み苦しみがなくなりますように
私の親しい人々の願いごとが叶えられますように
私の親しい人々に悟りの光が現れますように
私の親しい人々が幸せでありますように
(※上記を3回繰り返し)

生きとし生けるものが幸せでありますように
生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように
生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように
生きとし生けるものに悟りの光が現れますように
生きとし生けるものが幸せでありますように
(※上記を3回繰り返し)

私の嫌いな人々が幸せでありますように
私の嫌いな人々の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々の願い事が叶えられますように
私の嫌いな人々に悟りの光が現れますように
私を嫌っている生命が幸せでありますように
私を嫌っている生命の悩み苦しみがなくなりますように
私を嫌っている生命の願い事が叶えられますように
私を嫌っている生命に悟りの光が現れますように
生きとし生けるものが幸せでありますように
(※上記を3回繰り返し)

慈悲の瞑想を一緒にやってみよう!

今回、慈悲の瞑想の実践をサポートする動画を作成しました。
上記した全文(3回繰り返し含む)を安らぎの音楽に乗せて唱えた音声動画になります。

事前準備の項目でお伝えしたように、なるべく1人で静かにリラックスできる環境で、背筋を伸ばした状態で座り、目を閉じてスタートするのが理想です。

ただ、他にもお風呂に入る時や通勤中などに、「ながら黙想」的に聞いていただいても、効果を感じると思います。ぜひ、お好きな形で活用していただければ幸いです。

初めての方やまだ慣れない方などは、ぜひ私と一緒にこの動画音声で慈悲の瞑想を行いましょう^^

終わりに

以上、今回は慈悲の瞑想の実際のやり方について、ご説明させていただきました。

瞑想の内容自体は非常にシンプルで、慈悲の言葉に集中するのみです。それこそが、私たちの心に大きな変容をもたらすのです。

私も5年ほど前にこの慈悲の瞑想の存在を知り、それ以降自分のペースで続けていますが、大きな効果を感じています。

特に、「私の嫌いな人々が幸せになりますように。」「私を嫌いな人々が幸せになりますように。」と言う文言が大きな視点の転換を助けてくれることを実感しています。

効果を体感するためにもぜひ、実践してみてくださいね^^

それでは今日はこの辺で。

愛を込めて

リリ

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